戦前・戦中・戦後と激動の時代を生きたヒロイン・朝田のぶ(今田美桜)と、彼女の夫になる柳井嵩(北村匠海)が織りなしていく“愛と勇気”の物語を描く「あんぱん」。アンパンマンを生み出した漫画家・やなせたかしと妻の小松のぶをモデルに物語を大胆に再構成し、フィクションとして描いたオリジナル作品である。
朝ドラ「あんぱん」の中で戦争を描くということを作者である脚本家・中園ミホが語った。


やなせたかしを描くことは、戦争を描くこと

――近年の朝ドラにしては、戦争がしっかり描写されていると思ったのですが、そこは意識的に?

戦後80年の放送ということを強く意識しました。やなせたかしを描くことは、戦争を描くことだ、と私は考えています。私はやなせさんと小さい頃に文通をしていたことがあるのですが、当時小学生だった私にも反戦の強い思いを語ってくださったし、何よりもアンパンマンが出来上がったのは、やなせさんの戦争体験が原点になっていると思っています。

やなせさんのメッセージを伝えるためには、まず戦争というものをちゃんと描かなきゃいけない。やなせさん自身も、最初は日本が正しいと思って、これは正義の戦争だと思って、戦地へ行くわけですが、それがガラッとひっくり返る、という体験をされたんですよね。

では、「ひっくり返らない正義って、なんだろう? それは、お腹がいて困っている人がいたら、ひとかけらのパンを届けることだ」という、まさにアンパンマンの神髄につながるんですけれど、そこに至るまでの青春、そして戦争によって奪われた時間、さらには戦後の混乱の中でもがいて生きる姿を、きちんと描きたいと思いました。

――やなせさんには、戦争を否定する発言がたくさんありますね。

そうですね。やなせさんにとっては、弟がものすごく大きな存在で、『やなせたかし おとうとものがたり』という、すばらしい本も残しています。みんなが羨むような自慢の弟さんだったんですよ。やなせさんはかなり複雑な生い立ちで、弟は伯父さんたちと一緒に寝ているのに、自分は違う部屋で寝ていたり、常にコンプレックスを抱いていたと思うんです。

ですが、そんなやなせさんは傷ついていたと同時に、一番近い存在である弟をものすごく愛していた。その弟を戦争で亡くしてしまったというのは、やなせさんにとっては大きな事件だったと思うんです。アンパンマンのモデルはその弟、千尋である、というふうに、やなせさんはおっしゃっています。

――アンパンマンが生まれた背景と戦争は切り離せないものだ、と。

改めて調べてみたら、やなせさんは40代のときに最初のアンパンマンを描かれているんです。今の姿とは違う、おじさんのアンパンマンを。40代の後半で、やっとその境地にたどり着いたんだなと思いました。
やっぱり大きな喪失感とか、戦地での大変な経験とか、信じていたものが全部壊れる瞬間とか、そういうものが全部あったうえで生まれたのが、アンパンマンなんです。


「愛国の鑑」と呼ばれるのぶは、書いていてもつらい

――のぶは子どものころから「ハチキンおのぶ」と呼ばれていたように、何ごとにも突っ走っていくキャラクターだと思うのですが、戦争が始まってからは、かなり内面の葛藤を抱えるようになっていますね。

周囲から「愛国のかがみ」と称されながらも、常に自己と葛藤しているヒロインなので、脚本を書いている間も、やっぱりつらかったです。
当時の女学生の手記をたくさん読んだのですが、真面目で純真な女の子はほぼみんな、軍国少女になっていくんです、特に正義感の強い人は。

その時代の方たち、例えば田辺聖子先生や橋田壽賀子先生もそうですけれど、そういう純粋でっすぐな女の子を想像しながら書きました。国全体がそういう雰囲気だったので、その渦中にいた人たちは純粋にそっちにいってしまったと思うのですが、過ぎた時代の今、この時代を描くのは本当に苦しかったんです。

彼女の気持ちになれば、その時代では、出征する人たちを「万歳」って送り出さなければいけなかった。けれども、現代の人たちが、そういうヒロインを毎朝見てくれるかな、ということに悩み、一行一行迷いながら書いていました。

――第10週の、嵩の出征を登美子(松嶋菜々子)とともに見送るシーンでは、本来ののぶの姿が描かれていたように思いましたが。

一瞬ですが、のぶがやっと元に戻れた気がしています。でも、そうは言っても国民学校の先生ですし、次の日からは子どもたちに教えていかなきゃいけないから、のぶが自分の気持ちに本当に正直になれたのは、あの一瞬だけでした。

――戦後は、また「ハチキンおのぶ」に戻るのでしょうか?

戦争の時代を書き終えてからは、戦後の混乱はありますが、嵩を支えるどころか、引っ張り上げていく前向きなのぶに戻るので、描いていても楽しいです。そして、2人が恋に落ちていくところは見どころですので、ぜひ楽しみにしていてください。


【プロフィール】
なかぞの・みほ

東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、88年に脚本家としてデビュー。2007年に「ハケンの品格」が放送文化基金賞と橋田賞、13年に「はつ恋」「Doctor-X 外科医・大門未知子」で向田邦子賞と橋田賞を受賞。25年には文化庁長官特別表彰。その他の執筆作に「やまとなでしこ」、連続テレビ小説「花子とアン」、大河ドラマ「西郷どん」、「ザ・トラベルナース」など多数。