朝田石材店で働く若き石工、原豪。朝田家の次女・蘭子(河合優実)とは、それぞれが胸に秘めた思いを口に出来ずに、もどかしい時間が流れていた。そんな彼のもとに召集令状が届いたことで、2人は急接近する。豪を演じている細田佳央太に、役作りにあたって考えたことや豪の蘭子に対する気持ちについて話を聞いた。
夜汽車のシーンは、豪が愛されたことの証明に

――豪が出征することになり、壮行会で豪が挨拶をする場面は、どんな気持ちで演じましたか?
やっぱり、朝田家の皆さんに対する感謝が第一ですね。この当時は、戦争に行くということはとても誉のあることで、撮影現場では「オリンピックに出場するかのように気持ちが高揚するものだった」という共通認識を持ってやっています。豪としても出征すること自体にネガティブな要素はないですが、唯一引っかかることがあるとすれば、蘭子さんとの距離が縮まっていないということ。
そういうわだかまりもありつつ、でも言葉を発するときには、その気持ちを出すわけにはいかないので、基本的には「ありがとうございました。行ってきます」という思いを強く心に持ちながら演じました。
――蘭子に「無事に戻ってきたらお嫁さんになってください」と告げるシーンがありました。
それこそ、いろんな人から「楽しみにしているよ」と、すごくプレッシャーをかけられていました(笑)。台本を読んだだけでも、本当に感動的でしたし。一緒にお芝居をするのが河合さんなので、もう細かいことを考えるよりは、河合さんとのお芝居の中で生まれた感情に素直に従おうという気持ちでした。
――そのときに感じた気持ちをそのまま表現されたと?
手を取るところであったり、セリフの1つ1つであったり、全部ですね。そして、あのシーンの中で羽多子(江口のりこ)さんから「蘭子をよろしくお願いします」言われたことが、豪としては初めて本当の意味で朝田家の一員になれた瞬間だったんです。蘭子さんとのやりとりもそうですが、それ以外のところでも、現場で相手のお芝居に影響されて生まれた感情がたくさんありました。
――2人が幸せそうに夜汽車に乗っているシーンは、視聴者の皆さんにどんなふうに見てほしいと思っていますか?
あそこまで明確に描かれていると、ある意味、見てくださった方を泣かせないといけない、みたいなところはありますよね(笑)。豪にはあまりセリフがなくて、どこまで画面に映っているかわからない中で、あのシーンは、視聴者の皆さんがどれだけ豪を愛してくださったのかということの証明にもなるので、そういう意味ではすごくドキドキしてます。この作品には辛い描写もありますが、そんな中でも豪と蘭子の幸せな雰囲気が輝いて見えたらいいなというのが、僕の願いです。
豪は蘭子のどこに惹かれていたのか

――具体的に、豪は蘭子のどこに魅力を感じたのでしょうか?
蘭子さんはすごくしっかりしているキャラクターで、何よりも家のことを考えている人なんです。朝田家のことが好きで、次女だけど自分が朝田家を支えていく、家のことを大事にしたいと思っているんです。それが、羽多子さんと蘭子さんとのやりとりにつながっています。面倒見がよくてバランスがとれているというか、視野がすごく広いところがあるので、そういったところに惹かれたのかな、と感じています。
――第23回で、朝田家に現れた岩男(濱尾ノリタカ)が蘭子に求婚する場面は、どんなふうに感じていましたか?
もう心臓がバックバクですよ(笑)。あんなふうに乗り込んできて、親の前で迷いなく蘭子さんを褒めちぎり、自分の実家がいかに裕福かを説明され、それを作業しながら聞かなきゃいけない身としては、すごく動揺が大きかったです(笑)。
――蘭子が勇気を出して近寄ってきて、何か言いたげな場面もあったと思いますが、細田さん的にはどうでしたか?
もどかしいですよね。でも、こちらがもどかしく感じる瞬間って、相手の流れている時間がゆっくり進んでいると思っています。お芝居の中での間が多いところだったりするので。お互いに言いたくても言えない、というところで、見ている人が「もう言っちゃいなよ!」と感じるという。それがもどかしさを感じるところだと思うので、そういった「間」はすごく丁寧に演じるようにしました。
吉田鋼太郎さんとは、師匠と弟子のような距離感で

――演じている原豪について、どういう人物だと考えてお芝居に臨んでいますか?
正確には朝田家の家族ではないのですが、家族同然に育ててもらい、朝田家の皆さんに囲まれて生きてきた人物ですね。自分から発言することはないけれど、のぶ(今田美桜)さんが釜次(吉田鋼太郎)さんに「学校の先生になりたいがです」と言ったとき、自分もそれを応援したい気持ちがある、というように、喋らなくても寄り添う心が朝田家の皆さんに向いている、そんなキャラクターじゃないかなと思います。
とにかくセリフが部分的にしかない人物で、僕自身もこういった役を演じるのは初めて。自分の会話じゃないところ、誰かと誰かが会話しているようなシーンでも、同じ空間で話を聞いていて、いつも以上にドラマに参加していなきゃいけないなと思っています。

――石を彫ったり、運んだりというシーンがたくさんありますが、準備されたこと、苦労されていることを教えてください。
事前に練習をしたのが実質1、2回で、あとは撮影現場で教わりながら演じていました。指導してくださる先生方の教え方が上手なのと、吉田鋼太郎さんの立ち振る舞いが半端なく様になっているので、それは自分自身としても、吉田さんの動きを見て、学んでいるところはあります。
吉田さんはリハーサルも含めて“遊び”というアドリブを入れてくださる方なので、それについていこうと必死で……。どこまで映像で拾われているかはわかりませんが、ただ石を打っているだけのシーンでも楽しいやりとりをさせていただいて、本当に師匠と弟子のような距離感でやらせていただいています。

――吉田さんが演じている釜次は、豪にとってどういう存在なのでしょうか?
第2のお父さんであると思います。「読み書きや、石、尺の使い方も親方から教わった」というセリフもありましたが、それ以上に、この時代の男としてどういう振る舞いをしなきゃいけないか、みたいなところを教えてもらいました。仮に豪が父親になったときには、きっと釜次さんのいい部分をたくさん吸収して糧にしているんだろうな、ということが容易に想像できたので、師匠であり、第2のお父さんであるということに尽きるかな、と思っています。

――同じ部屋で寝起きしている屋村草吉(阿部サダヲ)に対してはどんな印象を持っていますか? 豪にとっても刺激的な存在ではないかと思うのですが。
間違いなくそうですね。おそらくヤムさんは戦争を経験していて、だからこそ豪に「戦争なんてロクなもんじゃねえよ」という言葉をかけてくれたんだと思います。そういう戦争へのマイナス発言って、この時代だったら、普通は釜次さんや天宝(斉藤暁)さんみたいに「そんなことを言うな」と反発するけれど、豪は一切それをしない人。ヤムさんからの言葉を自分なりにちゃんと考え、消化して、受け止めているんですよね。そういう意味では、本当にヤムさんは豪にとっても、きっと大きな影響を与えてくれた人ですね。
――草吉と一緒に釣りをするところは情感豊かなシーンでしたね。
あの釣りのシーンが、僕のクランクインだったんですよ。物語としても大事な場面だったと思うのですが、普段は“緊張しぃ”な自分が緊張せずに撮影を迎えられたんですよね。阿部さんとのお芝居で安心感みたいなのが芽生えて、変に迷ったりバタバタしたりすることなく、全部を委ねて演じられたので。あのシーンがあったからこそ、豪の全体的な方向性が決まっていったので、そういう意味では、とても印象に残っています。
朝ドラに出演できたことより、「あんぱん」に出られたことがうれしい

――改めて“朝ドラ”に出演していることへの思いは?
単純に朝ドラに出演できたことよりも、この「あんぱん」という作品に出られた、ということの方がうれしさとしてはすごく強いです。今回、NHKの「放送100年」というタイミングで、朝ドラに出演させてもらって、これだけ素敵な方々に囲まれている。本当にどこを見ていても面白いし、リハーサルでもいろいろ勉強になることばかりです。こんな素敵な現場に、この年齢で身を置けたのは、とにかく恵まれていることだと思いながら、豪という役を演じました。