田沼意次(渡辺謙)の政治に様々なヒントを与え、蔦屋重三郎(横浜流星)に商売のアイデアと「耕書堂」の名を授けるなど、「べらぼう」のキーパーソンだった平賀源内。第16回で非業の死を遂げたが、安田顕はどんな思いで源内を演じたのか、胸の内を聞いた。
源内が最後に見た白湯の湯気のように、「べらぼう」には物事の裏表、光と影が通底して存在している
——今回描かれた平賀源内の最期について、どのように感じていますか?
切ないですね。平賀源内は「自らの思いに由ってのみ、我が心のままに生きる」ことを貫いて、大抵のことには、「だからどうした」と笑って前を向き、明るく生きてきた人間です。でも、そんな彼が最後に抱えたものが、疑心暗鬼であり、「本当は俺もお抱えになりたい、出世したい」という名誉欲であり……。結局、そういった思いを残してしまったことに、すごく切なさを感じました。
——どのように源内を演じられましたか。
心の中に源内さんがいて「源内さん、今どうしたいですか?」「ああ、そうですよね」と会話をしながら演じている状態でした。
彼は、最後には幻聴が聞こえるようになり、史実だと「人を殺した」、今回の物語では「殺したことにさせられた」。ハメられたわけです。決して幸せな最期じゃなかった気がしますが、僕は源内さんを褒めることで、彼と向き合いました。
「今、あなたはこういう状態ですけれど、残した功績は素晴らしいものですよね? 人にはできない自由な発想で自分の生き方を貫いたんじゃないですか? そういう志は今も受け継がれて、愛されてますよ」と。何よりも「僕は、あなたを肯定し続けます」という気持ちでやらせていただきました。

——第16回で、安田さんが特に印象に残っている場面は?
牢屋敷に白湯が置かれるところですね。その直前、面会にきた田沼意次の前で泣くシーンがあるんですけど、あそこで源内の心は瓦解してしまって、何かしらの救いがないとやっていられない気がしました。そのタイミングでの、白湯なんです。
見事だと思うのは、田沼意次とも和解をして、パラパラと降っている雪を見ながら辞世の句を読み、一旦心が落ち着いた孤独な状態のときに、湯気の立つ白湯が置かれたこと。その湯気が心に染みて、源内さんは救われたんじゃないだろうか、と思えたんです。
その白湯の中に何か入っていたのか……!?と思わせるのも森下(佳子)さんの脚本のすごいところで、物事の裏表、光と影が、「べらぼう」には通底して存在している気がします。
クランクアップのとき、謙さんが僕の手をパッと取って、「これで終わらせない。またやろうぜ」と言ってくださった
——「べらぼう」で描かれた田沼意次像に、安田さんはどんな印象を持っていますか?
田沼意次って、大判小判の前で「お主も悪よのぉ」みたいに、悪者代表に思われていた時期がありますよね。でも今は、いろんな経済改革を取り入れた、聡明で頭の切れる男と評価されてもいます。二朱銀といった新しい貨幣政策を実行し、実現はできなかったけど幕府の財政を再建しようとして……。
一方で、組織の改革をしようと上の人たちと衝突して、壁にぶち当たって苦悩もしている。そこを森下さんが見事に描き、何よりも渡辺謙さんが見事に演じていらっしゃる。新しい、非常に人間くさい田沼意次だと思います。

——出演が決まった際に、「渡辺謙さんとの共演が楽しみ」とコメントされていましたが、実際に共演されていかがでしたか?
とてもありがたい経験でした。渡辺謙さんとバディのような「田沼と源内」としてお芝居させていただいたことが、すごくうれしかったです。さりげなくアドバイスもしてくださいましたしね。
例えば牢屋敷のシーンで、僕は一度座ると根を張ってしまうから、なかなか動かないんです。照明さんのセッティングなどで待ち時間があっても、座っていると楽なものですから、ずっとその状態でいるんです。そうすると、「ずっといなくてもいいじゃない?」と謙さんが気を遣ってくださって。
「気持ちをずっと張っていたら、本番のときに切れることがあるからね。うまく調整しよう」とアドバイスしてくださいました。ちゃんと見ているんですよね。この人は今どういうポジションで芝居をしているのか、この人のベースはどこにあるのか、全部見えている。そして、それぞれの人に対して、ともにセッションしていくことを楽しんでくださる。とても素敵な方でした。
——影響を受けたことはありますか?
いろんなことを心がけたいと思いましたが、じゃあ実際にできるかどうかは別です(笑)。謙さんはそれができる方だから、「渡辺謙」なのだと思います。
役としても源内は田沼のことが大好きだったと思います。ブロマンス(男性同士の親密で精神的な繋がり)的な関係性が、この物語の田沼と源内にはあった。おそらく謙さんもそう考えていらっしゃったと思うし、そうやって私に接してくれたのではないかと思います。
若き日の源内が田沼と出会って自分の夢を語り、それに田沼が共鳴するシーンで僕はクランクアップしたんですけど、謙さんが僕の手をバッと取って、「これで終わらせないぞ。森下さんにお願いして、もう一回(源内を)出してもらうようにするから、またやろうぜ」と言ってくださったんですよ。そういう言葉をかけてもらったら、うれしいじゃないですか。本当にいい経験をさせていただきました。

——クランクアップされたときはどんな気持ちになりましたか?
僕は去年の夏から参加させていただいていたのですが、撮影が飛び飛びだったんです。それが逆に良かったのかもしれないですけど、グッとのめり込み過ぎずにいられて……。だからホワッとしていて、「終わった?」と自分に問いかけて「ああ、終わった!」と確認したような状態です。「べらぼう」はスタッフ一丸となって作り上げていることを実感できる現場で、すごく幸せでしたね。
まっすぐで真面目な「漢」、今年は横浜流星さんイヤーになると思います
——平賀源内について改めて思うことは?
エレキテルの修復や発明品も大事ですけど、今回の「べらぼう」で重要なのは、やっぱり“言葉”ですよね。蔦重や田沼様に大きな影響を与えた。
『解体新書』を手がけた杉田玄白は、源内の死後に「彼は常に常識じゃないことを好み、常識じゃない形で亡くなった。彼は生涯を通じて『非常の人』であった」という言葉を残しています。そういう人であるからこそ好奇心いっぱいに生き、人が思いつかないような言葉を残したのだと思います。

——横浜流星さんとは、どんなコミュニケーションをとっていましたか?
お芝居について話すことはなくて、撮影の空き時間には、趣味のことやボクシングのことを話していました。僕も格闘技が好きなので。
横浜さんは、現場で一緒にいる時間も、蔦重の佇まいで私の話に合わせてくれます。見ていて大変だろうと思うけど、その大変さを感じさせずに“座長”をやられている。まっすぐで真面目、かつ、やんちゃな面があって、それこそ「漢」という感じでしたね。今年はきっと横浜流星イヤーになる……というか、もうなっていますし、まさに2025年の顔だと思いますね。
——源内の相棒的な存在の小田新之助(井之脇海)については、どんな関係性だったと思いますか?
新之助とはバディの状態で始まっているので、その前に何があったか、どういうところで気が合ったのか、描かれていないんです。ただ、自分が暮らす長屋に源内を居候させているし、源内が頼まれた文書改ざんも手伝っているから、新之助は源内のことが好きだったんじゃないですか?
好きとなったらそこに真っ直ぐで、純愛を貫く純朴さがあって……。新之助を演じる井之脇さんと、井之脇さんが演じる新之助とがクロスオーバーして、うつせみ(小野花梨)と足抜けするときには、心から「頑張ってね」と思いました(笑)。
井之脇さんも横浜さんと同じで、カメラが回ってないときでも新之助として“居る”んですよ。蔦重に耕書堂という名前を授けたとき、後ろで聞いているだけなのに、ちゃんと新之助として聞いていて。井之脇さんと新之助が、すごくいい具合にミックスされていると思います。
平賀源内という役に、自分の今までの失敗を含めた経験が、いい塩梅で活かせた
——「べらぼう」出演はどんな経験になりましたか?
「家族に乾杯」のロケで宮城県に行っても、高松放送局の「さぬきドキっ!」という番組で源内さんの故郷を訪ねても、出会った人が「源内さん!」と声をかけてくれました。とんでもない影響力で、多くの方が楽しみにしてくれているドラマだと実感しました。これまで、こんな風に取材で話をさせていただくこともあまりなかったので、これ自体がなんだか現じゃない気がします。

——平賀源内を演じ終えての感想をお聞かせください。
クランクアップのときに皆さんからありがたい言葉をいただきましたが、何よりもうれしかったのはメイクの山田容子さんの「いろんな方が平賀源内をやられていますが、安田さんの源内さんはとても人間っぽかったです」という一言でした。多くの作品に参加され、たくさんの俳優を見てきた方にそう言ってもらえたことがうれしくて、今もずっと心に残っています。
平賀源内という役は、「べらぼう」に至るまでに自分が培ってきたものを、いろんな形で出すことのできる役でした。今までの“失敗”を含めた経験が、ほどよくいい塩梅で活かせたのではないか、と思っています。