浪人の小田おだしんすけは、ひら源内げんない(安田顕)の炭売りを手伝いながら長屋暮らしをしている。つたじゅう三郎ざぶろう(横浜流星)の案内でまつ葉屋ばやの女郎・うつせみ(小野花梨)と出会い、やがて心を通わせるようになるが……。オリジナルキャラクターを演じる井之脇海に、人物像とうつせみへの思いを聞いた。


蔦重が花の井に抱く思いを代弁したり、足抜けを先に行動に移したり、新之助は蔦重の“合わせ鏡”のような存在です 

——「べらぼう」の出演オファーを、どのように受け止めましたか?

連続テレビ小説「ごちそうさん」や大河ドラマ「おんな城主 直虎」など、森下佳子さんが脚本を書かれた作品に携わることが多かったんです。だから、「べらぼう」が制作発表されたとき、僕にはお話がなかったので、「呼んでくれないのかなぁ」と、ちょっと嫉妬しました(笑)。

でも、この小田新之助というオリジナルキャラクターを書いてくださって、それをお任せいただけることになって、本当にうれしかったです。

——新之助はどんな人物ですか?

武家の出身ですが、物語が始まるころには長屋住まいの浪人になっていて、平賀源内とともに炭を売って生活をしています。実直で、ぐで、優しさのある男です。新之助には、新しい発想をひらめく才能はありませんが、源内さんや蔦重のような天才の横にいて、その夢をかなえるためにコツコツと苦労する“縁の下の力持ち”という存在だと思います。

物語の序盤で新之助とうつせみの恋愛が描かれますが、蔦重がはな(小芝風花)に抱く思いを「恋仲なのでは?」と代弁したり、足抜けを考える蔦重よりも先に新之助が行動に移したりと、新之助は蔦重の“合わせ鏡”のような人物だと受け止めています。

――役作りとしてはどんなことを意識していますか?

台本には描かれていない新之助の背景について、藤並(英樹)プロデューサーと話したり、森下さんからの言伝ことづてを聞いたりして、人物像を深掘りしました。新之助が浪人になった経緯は、優しすぎたがゆえに家督争いを避けて跡継ぎを譲って、長屋に流れついたんだろう……などと。

あまり大河ドラマでは描かれてこなかった時代なので、所作も現代に通じる動きを意識しています。蔦重が吉原を案内するシーンでは、蔦重は提灯ちょうちんを持ちながら「へへっ」と軽やかですし、源内さんは適当にふらふらしているし、新之助は周囲をキョロキョロ見ていて、誰ひとりカチッと歩いていません。

蔦重が町人だからだと思うんですけど、主人公が自由に動いているので周りも自由に動ける。「時代劇っぽくなくて良いな」と思いました。

――台本を読んでの感想は?

森下さんらしい、エネルギーのある台本です。江戸中期という、ある意味では停滞していた時代に、登場人物が情熱を持っていて、多面的な世界観だな、と。蔦重をみんなが助けたり、叱る人がいたりという、現代人が忘れてしまった人の愛がふんだんに描かれていると思います。

――森下さんから何かのメッセージはありましたか。

森下さんからは「後半ではかっこいい新之助になるからね!」と言われていて……。前半の恋愛パートで、初めての女性とのふれあいにドギマギしたり、足抜けしようとしても捕まったりと、ちょっとカッコ悪いところを見せたら、後半のかっこいいところが効いてくるんじゃないかな、と考えて、監督のみなさんと話し合いながら取り組んでいます。


誰よりも芝居について考えている横浜流星さんは、頼れる座長です 

――新之助に蔦重はどのように見えていますか。

ドラマの中では、うつせみに会うために蔦重に協力する形になっていましたが、行動力のかたまりの蔦重を見て、新之助も何かしたいと自分から参加したんじゃないかと考えています。

破門になったのか、自分から出てきたのかはわかりませんが、武家出身の新之助は、炭売りをする日常にどこか満足できていないところがあったと思うんです。その中で蔦重と出会い、「吉原細見」を作り直す情熱を見て、「本当は自分もこうありたかった」と影響を受けたのではないでしょうか。

これは蔦重というよりも横浜流星さんに対して感じることなのですが、撮影中に横浜さんが現場を歩くと、本当に新しい風が吹く感じがするんです。台本を読んだときには止まって感じたものが、彼が現場に来て言葉を発すると、物語が動き始める気がして……。横浜さんが持つ風雲児的な力を、新之助も蔦重に感じていたんじゃないかなと思います。

――横浜さんとの共演で、刺激を受けることはありますか?

何よりも楽しいですね。横浜さんは、みんなと同じペースで歩を進めてくれて、誰よりも芝居について考えていて……。撮影の空き時間には、何度も何度もセリフを繰り返し言っていて、だから2人でいるときは、どちらからともなくセリフ合わせが始まるんです。そういうことを座長自らやってくれるので、「この作品は大丈夫」という安心感があります。頼りになる座長ですね。


どれだけ化粧をしていても表に出てくる、うつせみの“素朴さ”に一目惚れした 

――第9回で、うつせみと足抜けしようとして捕らえられました。

実は、あのシーンから「べらぼう」の撮影はクランクインしたんです。僕はもちろん、スタッフも全員が探り探りの状態のなか、いきなりボコボコにされて川に沈められて、「僕は何をやっているんだろう」と……(笑)。

監督からは「クランクインがこんなシーンからでごめんね」と言われましたが、そこはポジティブに捉えて、ある意味でゴールというか、山場から撮れたので、ここに向かって芝居をどう構築していくのか、考えやすくなりました。

――その後、新之助は自害しようとして蔦重に止められますが、どんな気持ちで演じましたか?

脚本を読んだときは、蔦重が僕を見て「自分がこうなっていたかもしれない」と思うよう、惨めに映ったほうがいいだろうと考えていたんです。でも、実際に演じてみたら、そんなことを考えられないぐらいに心の中がめちゃめちゃになって……。

“悲しい”を通り越して、もう“無”というか、現実を受け入れられず、「逃げたかった」と思ったり、楽しかった日々を思い浮かべたり、いろんな感情が渦巻きました。演じて改めてわかったのは、脇差を手にしてしまうぐらい、自分の体に流れる血の大部分が、うつせみに対する気持ちになっていたんだな、ということでした。

――うつせみにかれたのは、どんなところだと思いますか?

花魁おいらんとしての美しさの中に“素朴さ”を感じて惹かれたと捉えています。一緒に逃げるシーンを最初に撮ったので、花魁衣装を着たうつせみに出会うよりも前に、町娘に変装している素朴なうつせみを見ていたんです。その姿に対して、心から「素敵すてきだな」と感じたので……。どれだけ化粧をしていても中にあるものは表に出てくるので、そこに一目れしたんだと思います。

――うつせみ役の小野花梨さんとの共演はいかがでしたか?

小野さんとの共演は今回が初めてです。でも、彼女が出演された映画のファンだったので、共演を楽しみにしていました。繊細な芝居をされる方だなという印象をずっと持っていて、今回ご一緒して、それは間違いじゃなかったと思いました。

小野さんは自分の出番でなくても、ずっと現場で見学されているんです。何か芝居のヒントを探してらっしゃるんだろうな、と横目で見ながら、僕はボコボコにされていました(笑)。

――新之助とうつせみは「間夫まぶと花魁」という関係ですが、どんな印象を持ちましたか?

特殊ですよね。現代で言えば、「家族のために嫌な仕事を頑張る」みたいなことでしょうか。

でも難しいな……。きっと台本で描かれている以上につらいことがあったでしょうし、愛する人のためと言っても、我慢する度合いが現代の仕事とはあまりにもかけ離れていて、簡単には言葉にできないです。ドラマ的ではあると思うんですけど、本当に心が痛くなる、悲しい関係ですよね。

演じるうえでは、ふたりの関係が悲惨になればなるほど、リアルに描かれれば描かれるほど、後にカタルシスが生まれると思うので、ひとつずつ丁寧に、うつせみを想いながら演じたいと思っています。


リハーサルがなく、芝居の鮮度が落ちないうちに本番に臨めるのはありがたいです

――新之助は、町人とも丁々発止のやり取りをしていますね。

時代劇の型にとらわれすぎないようにしています。武家の出身なので少し堅い言葉を使いますけれど、ある程度自由にやらせていただいていて、台本に書かれていないこともしゃべったりしています。この前も安田(顕)さんから「それは江戸の言葉かい?」とツッコまれて……(笑)。その場の流れに身を任せている感じですね。脚本以上に膨らんでも監督が調整してくださるので、それを信じてやっています。

これまで出演した大河ドラマでは、毎週月曜日にその週に撮影するシーン全てのリハーサルをやっていたんですが、「べらぼう」にはありません。リハーサル室で決めたことが、いざスタジオに入ると誤差が生じることもあって、そこに時間を取られるくらいなら、リハーサルは撮影直前にスタジオの中でやりましょう、ということで。

それが功を奏しているのか、芝居が予定調和になりません。その瞬間にしか生まれない感情が、鮮度の落ちないうちに本番に臨めるのは、ものすごくありがたいですね。だからこそ、熱のある芝居や強いぶつかり合いが生まれているような気がしています。

――井之脇さんは大河ドラマ出演が4回目ですが、普通のドラマと違うことはありますか?

まず撮影期間が長いです。民放のゴールデンタイムにやるドラマであれば4か月ですし、映画は基本1か月。僕は「べらぼう」に1年くらい関わることになるので、より長く役のことを考えられますし、ひとりの人物の一生を体験できるのは大河ドラマ独特の経験だと思います。

共演者との距離もどんどん近くなって、ほかの現場よりもうんの呼吸のようなものが生まれることが多いと感じます。ここからさらに新しい登場人物も加わってきますし、とても楽しい時間を過ごしています。

――登山がお好きだと聞きましたが、時間をかけて少しずつ進んでいくという点では似ているところもあるのでしょうか?

おもしろい質問ですね(笑)。登山といっても日帰りか2泊3日くらいが多いので、長さが全然違いますけど……。でも、アップダウンがあって、景色が変わって、砂利道があれば土の道や岩の道もあって、という変わり様は大河ドラマに通じるかもしれません。

僕は沢登りもするんですけど、上流では小さな沢だったのが、下流にいくにつれて川幅が広がり、いろんな川が合流して大河となって、最後は海に流れ着く……。いろんな人に届けることができるという意味でも、沢と大河ドラマとは似ているかもしれません。


蔦重がメディアを変えていく姿は、SNSの普及で変革していく現代にも通じます

――そんな井之脇さんが考える、この作品の見どころは?

変化に乏しいと思われる江戸中期ですが、実は文化の面では激動の時代です。蔦重が情熱を持ってメディアを変えていく姿は、SNSの普及によって社会が変革していく現代にも通じると思います。

そんななか、新之助がかなわぬ恋に立ち向かい、物事に正面からぶつかっていく姿にも、ぜひ注目していただけたら、と思います。