10代将軍家治いえはる(眞島秀和)からの信頼が厚く、足軽出身の出自ながら老中にまで昇りつめたぬま意次おきつぐ。幕府の財政立て直しに知恵を絞る意次は、やす治察はるあき(入江甚儀)が亡くなったのを機に、さんきょうのひとつ田安徳川家を潰そうと画策するが……。役柄やドラマについて、渡辺謙に聞いた。 


幕府の中枢で足掻あがく意次は、現代の政治家と似通っている

——田沼意次を演じるにあたって、どんなことを意識していますか?

最近いろんなドラマに田沼意次が出てくるので、比較されるのは嫌だなという気持ちもありますが(笑)、表面的な業績だけでなく、内面をしっかり掘り下げたいと思っています。「意次は、国や民のことをどう思っていたのか」「本当は何がしたかったのか」と。そこを突き詰めていけば、おのずと他とは違う田沼意次像になるんじゃないかと考えています。

僕が演じる意次は、江戸城ではかみしもでも、家では型破りな服装で過ごしているんですね。「え、これ着るの?」と思うような不思議な着物で。一筋縄ではいかない人物像を、視覚的にも表現していけたらいいなと思っています。

老中という立場はありますが、堅苦しくならないようにしたいですね。特に自分の家で過ごす場面では、愚痴を言い合ったりもしますし、いかに平静の呼吸にできるかとか、技術的なことも含めていろいろ考えていきたいと思っています。

——政治家としての意次は、どんなところが優れていたと思いますか?

まだ“経済”という言葉や概念がなかった時代に、「お金を回していかなくちゃダメだ」と、いち早く考えた政治家です。お金は貯め込むのではなく、どんどん世の中に流していくべきだと。実際、意次は様々な事業に資金を投入しているんですね。

ただ、周りの由緒正しい武家からすると、「あいつはなぜ金にばかり執着するんだ」「侍の本分はそんなことじゃない」となってしまう。そもそもフレームが全然違うわけです。

——意次には、「自分は成り上がり者だ」というコンプレックスがあったのでしょうか?

そういう面を見せないよう、意識して普通に振る舞っています。でも、相手が勝手に色眼鏡で見てくるんです。何をやっても「あいつは成り上がり者だ」と思われてしまう。それはもうかたのないことと割り切って、変に卑屈になったりはしません。演出からは、ときどき「もう少し悪そうに」と言われたりもするんですけど、ひそかに抵抗してます(笑)。

——御三卿(田安家、一橋家、清水家)は不要だと考えていたのでしょうか?

跡継ぎを確保して徳川家を存続させることが目的ですが、既に御三家(尾張家、紀伊家、水戸家)がありますからね。そんなにたくさん徳川の家があるせいで、ただでさえ疲弊している幕府の御金蔵がさらに削られていく。

リアリストの意次としては、この問題を現実的に考えざるをえない。ただ、周囲は「何を言ってるんだ?」という反応で、時代がまだ彼のレベルに追いついていなかったんでしょう。

——たとえ周囲から嫌われようとも、自分の信念を貫こうとしていたのでしょうか?

複雑な政治情勢、社会情勢があって、とても信念は貫けないですね。何かやろうとすると、ホッケーゲームみたいにカンカンとぶつかりあうばかりで、ゴールにならない。お金を回したいと思っても、米を中心にした既存の社会システムが強固でうまくいかない。何をやってもはじき飛ばされて、悪口を言われて、ある意味、非常にイライラする状況です。

それは、いまの時代に通じるところがありますね。改革を掲げながら実現できずにいる現代の政治家は、幕府の中枢で足掻あがいている意次と似通っている気がします。賄賂なんかも、裏金問題と通じるところがあって、これまた非常にコンテンポラリーですし(笑)。

いつの時代もそうですが、政治家って時代とうまくマッチしないと活躍できない。どんなに優秀でも、そのときの政治情勢、社会情勢とかみ合わなければ能力を発揮できない。このドラマで「なぜ意次は時代の流れに乗り切れなかったのか」を描くことができれば、視聴者の皆さんにも楽しんでもらえると思っています。


「お前は何ができるんだ」という意次の問いかけが、蔦重の中で生き続けてくれたら

——横浜流星さん演じる主人公のつたじゅうざぶろうは、意次にとってどんな存在なのでしょうか?

現時点での台本を読む限りでは、「何か変な奴だな」って感じですよね。意次としては、「町人の分際ぶんざいで」だろうし。でも受け答えが他の人間とは違うので、心に引っかかるというか、ちょっと面白がっているようなところもあると思います。とはいえ、まだまだ芥子けしつぶみたいな存在ですよ(笑)。

——第1回では、つたじゅうに対して意次が「何かしておるのか、お前は人を呼ぶ工夫を」と問いかけるシーンがありました。意次なりのしっ激励げきれいだったのでしょうか?

ある意味、蔦重に呪いをかけたんでしょうね(笑)。彼のベーシックな指針になるような言葉、「お前は何がしたいんだ」「何ができるんだ」という根源的な問いを投げかけたわけです。この問いかけが、蔦重の中で生き続けてくれたらいいなと思います。

——横浜流星さんとは何かお話をしましたか?

流星には「1年間ニコニコして元気に頑張れ」とアドバイスしました。機嫌が悪い主役ってダメなんですよ。周囲に「こいつのために何かしてあげたい」と思ってもらえるようにならないと、長期間の仕事は持ちこたえられない。だから、まずはそこを頑張れと。

流星は時代劇の経験が少ないので、所作とか、江戸弁とかがプレッシャーだったようです。でも僕は、「好きにやれよ」と言っておきました。他人からのサジェスチョンに耳を傾けつつも、それをりょうするくらい思い切りやったほうが、見ている人には届くと思うので。


町人側の視点で書かれた脚本は、“ひらがな”のような柔らかさを感じる

——「べらぼう」への出演オファーを、どのようにお感じになりましたか?

前回出演した大河ドラマ「西郷せごどん」(2018年)からしばらくっていたので、「そろそろかな」という予感はありました(笑)。

——今回の現場はいかがですか?

以前から感じていたことですが、徐々に撮影の規模が大きくなって、現場が分散化されています。吉原の物語は吉原のセット、江戸城の物語は江戸城のセットで撮影されるので、吉原の人たちとはほとんどお会いしていません。だから、完成したドラマを見たら驚くと思います。「そうか、向こうの世界はこうなっているのか」と。

でも、昔もいまもスタッフの優秀さ、熱量は変わりませんね。僕は美術スタッフと折衝するのがすごく好きなんですが、このあいだも「こんなもの作れないかな?」と相談したら、1時間くらいでパパッと用意してくれて。そうやって、一人の人物が生きている時間や作品世界を、みんなと一緒に作り上げていく作業はすごく楽しいです。

——森下佳子さんの脚本には、どんな印象を受けましたか?

あまり大河っぽくないなと思いました。例えるなら、どこか“ひらがな”のような柔らかい印象を受けたんです。おそらく、物語が町人側からの視点で描かれているからでしょうね。侍の側からの視点で描くと、江戸城の格式ばった感じとか、そういう部分が強く出るんですけど、今回はもっと平たい印象です。

地本問屋の人たちが面白いですよね。キャストの名前を見るだけで、「アハハ」と笑ってしまうようなところがある。すごく楽しく撮影してるんだろうなって、羨ましく思ってます(笑)。

——ドラマで描かれる江戸時代中期について、どう思われますか?

大河ドラマの舞台という意味では、戦国時代のほうが圧倒的にやりやすいと思います。人々の欲望がストレートだから。それに比べると江戸時代中期はダイナミズムに欠ける。

でも、いつの時代でも、どんな立場でも、人間には浮き沈みがあったり喜怒哀楽があったりして、それは変わらない。今回は、あえて市井の人たちの悲喜こもごもを大河ドラマで描こうとしているわけで、これはなかなかの冒険だと思いますね。

演出の方から聞いた話によると、吉原ってものすごくルールが厳しいそうなんです。江戸中期だと資料もたくさん残っているし、その史実に基づいてドラマを作らなくちゃいけないから、大変みたいですね。ただ、そういうルールや人間関係のヒエラルキーが生み出す切なさ、悲しさ、喜びを描くのは、良いですよね。

——役づくりのため、意次ゆかりの地を訪ねたりしましたか?

意次の領地だった静岡県まきはら市には一度伺いました。彼が失脚したあと、居城だったさが城は打ち壊されてしまったんですが、基礎の部分は密かに残されたんです。これは、地元の人たちの意次に対する敬意の表れだと思うんですね。現地に行って、こうした事実を目の当たりにして、意次役としてすごく背中を押してもらった気がしました。


信頼する将軍・家治がいなくなることへの恐怖心を抱えながら、意次は日々政治に取り組んでいる

——安田顕さん演じるひら源内げんないとのやり取りは非常にコミカルですね。

Wダブルケン」でやってます(笑)。(脚本の)森下さんもかなり遊んでいる感じがしますね。特に顕ちゃんには、「こんなにしゃべらせるか」っていうくらいセリフが多い(笑)。彼はセリフを覚えるのが大変なんじゃないですか。これからも二人でセッションしながら、お互いのキャラクターをつくっていくことになるのかなと思います。

——老中の立場にある意次が、源内と親しく接する様に驚く視聴者もいると思います。

意次が、幕府、下級武士、町人の間をうまく行き来できている感覚がありますね。庶民の暮らし、庶民の文化というものをある程度イメージできているから、源内や、あるいは蔦重の考え方にもちゃんと耳を傾けられるんだと思うんです。

——眞島秀和さん演じる10代将軍・徳川家治とは、深い信頼関係にあるようです。

意次にとっては、身内の人間を除くと、源内と家治だけが本音で語り合える相手なんですね。彼らのアイデアや考え方からは、すごく影響を受けていると思います。それ以外の人間には、いっさい腹の内を見せず、何を言われても、「ああ、そうですか。ごもっともです」と返しているようなところがあります。

それだけに、家治がいなくなったらどうしよう、という強い危機感を、意次は持っています。自分のことを買ってくれ、自分のやりたいことを後押ししてくれる将軍がいなくなることへの恐怖心を抱えながら、日々、政治に取り組んでいるわけです。

——石坂浩二さん演じるまつだいら武元たけちかについては、どのように捉えていらっしゃいますか?

嫌いです(笑)。いやいや、石坂さんのことはもちろん大好きですよ。大好きな先輩なんですけど、ドラマの中では本当に腹が立つくらい嫌味な白眉毛ですからね。日々、文句ばかり言われて、憎々しい気分で過ごしております。

——田安賢丸まさまる(のちの松平定信さだのぶ)を演じる寺田心さんの印象はいかがですか?

ずいぶん背が伸びやがって、ですね(笑)。(NHKドラマ「浮世の画家」での共演以来)久しぶりに会うのを楽しみにしていたんですが、成長を実感しました。

第2回で、賢丸がひとつばし治済はるさだ(生田斗真)にじくたる思いを爆発させるシーンがありましたよね。あのとき、心に「どんなに怒っても、君はいいところの生まれのボンボンなんだから、その品格は絶対になくさないでね」とアドバイスしたんです。心は、「はい、わかりました!」って素直に答えていました(笑)。彼の演技はすごくよかったですよね。頑張っていると思います。


息子の意知や側近の三浦は、意次がリラックスできる重要な存在

——息子の田沼意知おきともを演じる宮沢氷魚さんの印象を教えてください。

氷魚とは舞台も一緒にやっていますし、公私ともによく知っている仲です。あれほどまっすぐで純真な青年はなかなかいないと思うので、僕としては、悪を注入していきたいですね(笑)。意知がどういうふうに成長していくのかは、まだちょっとわからないんですけど、意次としては、やっぱり自分に近い役職に就いてほしいと思っているはずです。

意知や側近のうらしょう(原田泰造)は、リラックスして愚痴を言える相手という点で、意次にとって重要な存在だっただろうと思います。江戸城内では腹の探り合いばっかりですからね。

しかし、結果的には意次のやったことが息子に返り、田沼家のプライベートな悲劇につながるので、意次にとって意知の存在は非常に大きなファクターだと思います。意知に起きたある事件をきっかけに、意次の人生も一気に暗転してしまうのですから。

意次の背中が小さくなっていく過程をどう演じるかが、重要なポイントだと思っています。僕は、昇っていくことよりも、降りていくことのほうがヒロイックだと思うんですよ。だから、敵対勢力に追い落とされていく展開には、演者として非常にやりがいを感じます。