あふれる情報の中で生きる私たちは、多様な情報をバランス良くうけとることができているでしょうか。目の前にある情報は、あなた自身が選んだものですか。

NHK財団が主催する「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」では、情報空間の課題の解決方法、一人ひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集しています(詳しくは財団の公式サイトをご覧ください)。

AWARDの選考委員を務める国際大学GLOCOMの山口真一准教授は、計量経済学が専門。ネット社会の最新動向を分析し、ネットメディア論、情報経済論、情報社会のビジネスなどの分野で、課題解決に向けた対策を研究・提言しています。情報空間の最新事情やAWARDに期待することを聞きました。


第1回インフォメーション・ヘルスAWARDシンポジウム(2024年4月2日開催)より。 

「アテンションエコノミー」が個人レベルまで急拡大 「民主主義の変容」と「ディープフェイクの大衆化」が始まった

——ことしの夏も、オリンピックをめぐるSNSでのぼう中傷ちゅうしょうや災害関連のスパム投稿・フェイクニュースなど、情報空間の問題が次々に噴出しています。最新の動向を研究者としてどのように分析していますか?

私たちの社会は、SNSなどで誰もが自由に発信できる「人類総メディア時代」に直面しています。

誰でも議論に参加して意見を表明しあえるのはとても良いことですが、一方ですべての人が過剰な発信力と拡散力を持ったことで、例えば著名な人に簡単にヘイトスピーチを直接浴びせたりすることもできる異常な事態になっています。

さらにこの状況を悪化させているのが「アテンションエコノミー*1の加速化」です。

ネットの情報が指数関数的に増加することで、人々の注目を引く(=考えさせるのではなく、あくまでも“パッと注目を引く” )ことがお金につながる状況がどんどん加速しています。

ちょっと前までは、例えばネットメディアのあおり見出しとか、過激な表現だけの中身のない記事とか、そういった話がメインでしたが、最近のトレンドは「アテンションエコノミーが個人レベルにまで降りてきている」ことです。

動画共有サービスの「暴露系・迷惑系・私人逮捕系」などなど、過激な行動をしてそれを拡散することでアテンション(注目)を集めれば、そのまま金儲かねもうけにつながる。

さらにSNSでも収益化のプログラムが始まったために、短い文章だけでも、注目を集めさえすれば誰でも個人レベルで金儲けができるような状況が生まれています。

災害など世間の注目が集まる機会を利用してフェイクニュースを拡散したり、インプレゾンビ*2が発生したりするのはその典型です。

*2 SNSで注目を集めている投稿にゾンビのように群がり、その内容をコピーして盗用したり無意味な返信などを繰り返したりして閲覧数=インプレッションを稼ごうとするアカウントを指す造語。

能登半島地震の際には、日本で起きた災害なのに海外から大量のフェイク情報や複製投稿がアップされました。国によって貨幣価値も違いますので、意味が分からなくても投稿し拡散させてアテンションを稼ぐことのインセンティブ(動機)が大きいわけですね。

一方韓国では、BTSなどの有名人の過激なフェイク動画を次々に投稿して再生回数を稼ぐ現象が起きて社会問題になっています。こうした背景にアテンションエコノミーがあるのは間違いありません。

さらに最新の動きとしては、世間の注目が集まる「選挙」を舞台に、ネットでアテンションを稼ぐことが、支持を拡げる手段にも使われる傾向が顕著になってきました。民主主義が変容し始めていると思います。

加えてこうした状況をさらに加速させるのが生成AIです。生成AIを使えば誰もが簡単にコンテンツを作り、真偽が明らかでない情報を個人レベルで発信・拡散できるようになる。

生成AIの技術が一層進化し、安いコストで精度の高いコンテンツを作れるようになると、金儲け目的の発信で情報空間が溢れかえる状況になると危惧きぐしています。「ディープフェイクの大衆化」がすでに始まっているわけです。


「リアルの世界と違ってネットでは、それ以外の情報がそもそも表示されず視界に入ってこなくなります」(山口准教授)

極端で攻撃的な意見ほど発信・拡散されるネット空間は、社会の全体像を反映していない

——いびつな情報発信がどんどん増えていく一方で、情報を摂取する側の状況はどうなっていくのでしょうか?

「情報的健康」という視点で考えると「情報の偏り」の問題は外せません。自分がネットで見ているのは、自分が見たいものだけになってしまっているという現象です。

アルゴリズムが自分の見たいものを優先的に表示してくるし、誰かをフォローしたり誰かと繋がったり、コミュニティーに入ったりする時も、自分と考えの近い人を選びがちになります。

そうやって偏った情報ばかり見ていると、必然的に視野が狭くなったり意見が極端化したりしていきます。リアルの世界と違ってネットでは、それ以外の情報がそもそも表示されず視界に入ってこなくなるからです。フィルターバブルやエコーチェンバーという現象です。

ネットは能動的な発信ばかりが目立つ言論空間

加えてぜひ知っていただきたいことがあります。ネットの「情報の偏り」は自分が受け取る情報だけでなく、そもそも「ネットの言論空間そのものに大きな偏りがある」という構造的な問題です。ネットは能動的な発信ばかりの言論空間なんです。

新聞や放送などマスメディアの世論調査というのは「聞かれたから答える」という受動的な発信です。そのため、社会全体の意見分布の実態に比較的近い結果が出てきます。

ところがネットは、自分が言いたいことのある人が繰り返し同じ発信を続けられて、しかもモデレーター(司会者・調整者)は誰もいない世界なので、極端で攻撃的な意見ほど大量に発信されるというバイアスがかかってしまうのです。

中庸の意見の人はそもそも発信するインセンティブがあまりないし、いざ発信しても極端な意見の人から攻撃されてどんどん撤退していきます。こうして、ネットというのは両極端な意見ばかりが目立つ言論空間になってしまうという構造的な特性があるのです。


「ネット世論」なんてない

——「ネットにはこんな意見が出ている」と最近はマスメディアもニュースに取り上げていますが……。

実際の社会とネット上の意見分布の違いが分かる実証研究として、憲法改正について「非常に賛成」から「絶対に反対」まで7段階で意見を聞く調査を、以前したことがあります。

その結果、アンケート回答者の意見分布は「やや賛成」とか「やや反対」という中庸的な人が多くて、「非常に賛成」とか「絶対に反対」という極端な意見の人は少ないという山形の分布になりました。

一方同じテーマについてSNS に投稿された回数の分布を見ると、最も多かったのは「非常に賛成」で次に多かったのが「絶対に反対」となって、まったく逆の分布になっていました。

アンケートの意見分布では「非常に賛成」と「絶対に反対」の人たちは7%ずつしかいなかったのに、SNS 上ではあわせて46%を占めていて、ネットと回答者の意見分布は大きくかいしていました。ネット上には極端な意見が過剰に表れていて、極めてアンバランスになっているわけです。

こうしたことをしっかり理解した上で情報空間を見ないと痛い目を見るということですね。

ネットの「偏った情報」ばかりを見ている人は、マスメディアの世論調査結果を見ても「マスコミは情報操作している」と思ってその結果を信じませんが、私は逆に「ネット世論なんてない」とよく説明しています。


ネットの特性を理解する「気付き」を与えて「行動変容」を促す

——情報の発信者・受信者どちらにも課題が多いとなると、私たちはこれからネットとどのようにつきあっていけばよいのでしょうか?

こうした課題への対策というと、問題のある発信を「規制」するとか「削除」することを考えがちですが、私はそういったアプローチではなく、ネットに関わる人それぞれにネットの特性についての「気付き」を与える=「気付いてもらう」ことによって、ネットへの関わり方を「変える」=「行動変容」に繋がる仕組みを作っていくことがすごく重要だと思っています。

例えば「ReThink機能」(コメント再考機能)というものがあります。一部のSNSや動画共有サービスで、侮辱的なコメントなどを投稿しようとするとそれをAIが分析し「その内容で本当に投稿しますか?」とアラートを出してきます。するとこれを見た人の40%以上が投稿を修正するか削除するかした*3という結果が公表されています。

ネットで情報を発信したり受信したりする時に、自分がどんな状態にあるのかを「気付かせてくれる」仕組みがあれば、それを改善しようと「行動を変える」ことができると思います。

もちろんプラットフォーム事業者などが、そうした仕組みを率先して備える努力をすることが大前提ですが、私たち一人ひとりもしっかり自覚してネットの情報と向き合っていく姿勢が必要です。

さきほどは情報を発信する時の仕組みでしたが、受信する時にも同じで、どの程度「情報の偏り」が起きているかをリアルタイムで確認できるツールがあれば、「気付き」と「行動変容」に繋がると思います。

よく「情報的健康」を「食の健康」になぞらえて説明するのですが、「食」の場合はファストフードばかりを食べ続けていれば体調を崩したり肥満になったりしてしまうのでわかりやすいですよね。

でも「情報」の方は、アテンションエコノミーもフィルターバブルもエコーチェンバーも目に見えないのでなかなか気付かないし、それによって自分自身に何かが起きても特段おかしいと思わないという難しさがあります。「偏った情報に包まれていた方が居心地がいい」と思うことさえあります。

第1回インフォメーション・ヘルスAWARDシンポジウム(2024年4月2日開催)より、発言する山口准教授(左)。

「情報の偏り」を誰もが自然に簡単に意識できる「民主的な」仕組みを考えたい

——インフォメーション・ヘルスAWARDに応募を考えている方に期待することは?

「情報」の問題は目に見えないので「可視化」し「見える化」する仕組みが必要です。例えば、自分が見ている「情報の偏り」具合が画面の右上の方にグラフで出ているというような仕組みは面白いと思います。

特に意識しなくても、皆が自然に気付くことができるようなものを作っていくのはすごく大事です。他にもAI が作ったコンテンツが投稿された時に、それを自動的に分析してラベルを付けて教えてくれるとか。後者については、一部のSNS企業はそのような機能をもう実装し始めています。

【参考】NHKニュース「生成AIで作成されたか見分ける技術など 偽情報対策の開発進む 」(ステラnetを離れます)

「気付き」から「行動変容」に繋がる仕組みを「誰でも使うことができる」=「民主化されている状態」が必要です。そうしたアイデアを期待しています。「規制」や「削除」ではなく、表現の自由を侵害しないけれども、それぞれの人たちが主体的に関わることを積み上げて情報空間を変えていく。

はじめに「人類総メディア時代」と言いましたが、それは悪いことばかりではない。いい面もいっぱいあります。良い面を伸ばして悪いところを抑える。そのための「行動変容」を促すようなアイデアが出てくることを、すごく期待しています。

(取材・文/NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)

山口真一准教授は2024年8月25日放送の「日曜討論」に出演して、「SNS ひぼう中傷・フェイク」について話しています。8月31日(土)までNHKプラスでご覧いただけます(ステラnetを離れます)。

「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」は、みなさまのアイデアやプランを募集しています。こちらのサイトからぜひご応募ください。

今年開催された、インフォメーション・ヘルスAWARD 2024の受賞作品などの情報は公式サイトをご覧ください。

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