夏目漱石の一族の歴史、近所のよしなしごと、仲間たち、そして夫との別れ......。作家で歴史家の半藤一利の妻で、漱石の孫でもある著者によるエッセー集。

自ら“歴史探偵”と名乗っていた作家の半藤一利さんが、2021年1月12日に亡くなりました。本当に残念です。心よりご冥福をお祈りします。

今回ご紹介するのは、その半藤さんの妻でエッセイスト・末利子さんの本です。夏目漱石ファンならニヤリとすると思いますが、漱石晩年の随筆『硝子がらす​戸うち』にちなんだタイトルでしょう。ご存じのように、末利子さんは漱石のお孫さんです。

本の中には、漱石の妻・鏡子さんも登場します。鏡子さんはときに悪妻と評されますが、末利子さんに言わせるとそんなことはない、とても愉快なおばあちゃんだったそう。そんな夏目一族の話のほか、末利子さんの身の回りのことが、とても生き生きとつづられていきます。

なんといっても、末利子さんの視点がおもしろい。本の中に昭和の世界が生きているようで、ご近所づきあいも濃密。ところどころに皮肉が利いていて、痛快で、洒落しゃれていて、末利子さんご自身がとても楽しそうに書いていらっしゃいます。

最終章「夫を送る」まで読んでいくと、10年近く前、私が半藤家にお邪魔したときにお見かけした、仲の良いご夫婦の姿を思い出して切なくなります。一利さんが転んで骨折してしまい、それが命を縮めてしまう原因に。

夫を「バカ、バカ」となじるのですが、もちろんそれは愛情の裏返し。夫を亡くした末利子さんの寂しさが、文章からひしひしと伝わってきました。

(NHKウイークリーステラ 2021年9月10日号より)

北海道出身。書評家・フリーライターとして活躍。近著に『私は本屋が好きでした』(太郎次郎社エディタス)。