安藤優子さんの母・みどりさんは10年前、89歳で亡くなりました。70代で認知症の症状が出始めたみどりさんは、80代の初めに高齢者施設に入居。その後、芸術療法の一つである臨床美術に出会い、多くの絵を描きました。その絵を通じて安藤さんは母への理解を深め、見る目が変わっていったと言います。
聞き手/佐治真規子
この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年7月号(6/17発売)より抜粋して紹介しています。
周囲の働きかけで心を開いた
──施設に移られたお母様のご様子は。
安藤 最初はすごく大変でした。無理やり入居させられた怒りを、介護士さんや職員の方に言葉でぶつけるんです。でも、プロの方はさすがですね。そういう言動があっても母に寄り添おうとしてくださった。私にはできなかったと思います。
ヘルパーさんや介護士さんたちは、母の若いころのアルバムを見ながら思い出を聞いてくださり、安藤みどりがどういう人生を送ってきたかを一生懸命知ろうと根気強く接してくださいました。すると母は少しずつ少しずつ心を開いていったんです。 そんな中、転機となる出来事がありました。知人から「お母さんに臨床美術を勧めてはどう?」と言われたんです。
臨床美術とは、絵やオブジェなどの作品制作を楽しみながら脳を活性化させる芸術療法の一つで、認知症の予防や改善の効果も期待できるとされています。一つのテーマに沿って絵を描くのですが、その物自体を描くのではなく、対象から感じたりイメージしたりした印象や気持ちを自由に描きます。
例えば「コーヒーカップ」なら、コーヒーやカップにまつわるその人のイメージや思いを絵や形にします。その際、臨床美術士という専門家が、その人の思い出に耳を傾けてそれを引き出してくれます。知人はその資格を取得し、私の母に勧めてくれたのです。
母は当初はやる気がなく、パステルで線をぐるぐる描いてばかりでした。ところが臨床美術士さんと話をするうちに、だんだん様子が変わっていきました。 ハワイが大好きな母の居室は、キルトのクッションや海岸の砂、思い出の写真など、ハワイアングッズであふれていました。それを見た臨床美術士の方が、ハワイの代表的な観葉植物アンスリウムの花を持ってきてくださったんです。そしてハワイアン音楽を流し、母のハワイへの思いにじっくりと耳を傾けてくださった。
すると母は、しだいにハワイのことを思い出し、セラピーの最後の10分間でアンスリウムの花を描きました。真っ赤な花、グリーンの茎など複雑な色使いなのに全体的に明るくパンチ力がある。私から見てもすばらしい出来でした。
この絵を描いたとき、母は初めて「よくできた」と言ったそうです。臨床美術士さんが泣きながら「ご自分でご自分を褒めたんです」と電話してきてくれました。
※この記事は2024年3月12、19日放送「忘れたって、いいじゃない」を再構成したものです。
安藤優子さんのお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』7月号をご覧ください。活発だった母・みどりさんの変化の兆しや、安藤さんの認知症への気付きなど、さまざまなエピソードを語っています。
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