NHK財団が主催した「インフォメーション・ヘルスAWARD2024」。全国から集まった65件の応募作を10人の選考委員が審査し、グランプリ1件、準グランプリ2件、特別賞7件が決まりました。(詳しくはこちら財団の公式サイトをご覧ください)AWARDは、今年、第2回を開催することが決まっています。
第1回の選考委員に選考のポイントやネット空間の課題についてインタビューするシリーズの3人目は、Gunosy執行役員の久保光証さんです。選考のポイントやネット空間の課題について聞きました。
久保さんは情報キュレーションサービス「グノシー」を運営するGunosyの技術者で執行役員です。デジタルメディアや広告の配信アルゴリズム開発とデータ分析などが専門です。
事業者では思いつかない、ユーザー目線のアイデア
——第1回AWARDの選考をされた感想を聞かせてください。
募集期間が2か月と短かったのに65件もの応募があって正直びっくりしました。技術者の立場からは本当に実現できるかわからないけれども、理論上は不可能ではないというような、自分がふだん仕事している中からは発想できないアイデアがありました。
ユーザー目線のアイデアと感じたのは特別賞を受賞した「利用規約ビューワ」です。もちろん「グノシー」も利用規約やプライバシーポリシーを明示して「同意」を得ていますが、ユーザーには細かくて分量が多いうえに事業者やサービスごとに違っていてちゃんと読み込むのは難しい。
そんな時に、この規約は他とどこが違うかとか、ここが特殊です、重要ですなどとポイントをハイライトする仕組みで、とてもユーザーフレンドリーだと思います。
それから感じたのは、今のネットの収益モデルは「広告」がメインを占めています。そのため私たちのような事業者は、「コンテンツを提供するメディア」と「広告主」の両方にとっていいものを作ろうとします。
ですから「情報的健康」に役立つアイデアであっても、既存の広告体験を邪魔してしまわないかということは当然考えます。今後、社会実装を進める時にハードルになることはあるかなと思いました。
【参考】ステラnet記事「アテンションエコノミーって何? 「クリック命」のネット世界」
クリック数だけを追い求めても飽きられてしまう
——情報キュレーションサービス事業者から見たインフォメーション・ヘルス=「情報的健康」の必要性や課題、対策などを聞かせてください。特にアテンションエコノミーとの関係をどのように考えますか。
インフォメーション・ヘルス=「情報的健康」という言い方はしていませんでしたが、私たちも以前から同じような問題意識や課題認識で分析や研究に取り組んできました。
例えば、なぜネットニュースは過激になりやすくネガティブなニュースが多いのか。やはり人間が本質的に持っているものと関係しているのではないか。そこで、過度に扇情的だったりクリックだけを狙ったりする記事は、アルゴリズムでスコアを落とすようにして、上位に出たり人気を集めたりしないようにしています。
スタートは、ゴシップやネガティブなものなど単純にクリックされやすいニュースばかりでは、中長期的なユーザーの満足につながらないのではないか、という疑問でした。そこで、ちゃんと「知った方がいいニュース」を読んでもらうため、ある程度人間が関わって、機械(アルゴリズム)と人間が協調しながら価値判断する、いいニュースメディアを作っていこうということを数年前からやりだしました。
ユーザーの中長期的な満足度を考えると、そちらのほうがよりサステイナブルだしビジネスモデルとして選択すべきことだろうという判断があります。
実際に分析すると、クリック数などを重視しすぎないアルゴリズムを使ったほうがユーザーの利用率は長続きするという結果が出ています。短期間に過度にコンテンツを見るようなキュレーション(おすすめ)をすると一時的にはいいのかもしれませんが、一通り見たあとに離れていってしまう。
「グノシー」のユーザーを対象にした研究では、幅広いジャンルの多様なニュースを見るユーザーの方が長くサービスを使っていただいていることがわかりました。
【参考】研究結果「ニュースサイトの記事の多様性が継続利用に与える影響の分析」(ステラnetを離れます)
同じように「記事の質」と「広告」の関係も、「広告のコンバージョン」つまり広告を見てユーザーが商品を買うような「成果」のことを「コンバージョン」というのですが、扇情的ではなく、知るべきこと、取り上げられるべきニュースが並んでいたほうが、一緒に掲載している広告の効果も高いという研究があるんです。
【参考】研究結果「ニュース記事の品質が広告消費行動に与える影響の調査」(ステラnetをはなれます)
僕らの仮説としては、ゴシップばかりのニュースメディアは信用できないので、広告も信用されないという心理が働くのではないかと考えています。ニュース記事の品質が広告にも波及する。実際にテストをやってみて初めて分かってきたことです。
ですから「情報的健康」への取り組みも、短期的にはユーザーの利用率にネガティブに働くかもしれませんが、中長期で見た時にはビジネスの視点でも必要なことだと思っています。
食事も好きなものばかり食べるとうれしいけれど、数か月後に太ってしまったり不健康になったりするのと同じで、ユーザーは自覚していないけれども、このニュースメディアをずっと見ているとちょっと疲れちゃうなとか、あまりいい気分になれないなという気持ちを、脳のどこかで何か感知しているのかもしれないなって思うことがあります。
バランスの取れた情報を提供しようとしても限界がある
——「情報的健康」のためにバランスの取れた情報を提供するといっても、何をもって「偏っている」と判断し、誰がどんな情報を選んで「おすすめ」するのかなど、難しい課題がたくさんありますね。
ニュース記事をスポーツとかエンタメとかカテゴリーで分類して、ユーザーが見ているカテゴリーがあまり偏りすぎないように多様性を確保できないか、内部で検証したことがあります。その結果、限界があることがわかりました。
パーソナライズ=個人最適化をしていないデジタルサービスはあり得ないので、その人の興味にあわせたコンテンツや動画がどんどん出てくるのは普通のことで、それが結果的にユーザーの視野を狭めてしまう、ということが起きます。
そこで我々発信者の側から、多様な情報を見てもらう工夫をしようとするのですが、ユーザーは他の動画サイトやニュースメディアも当然見に行く。その選択権はユーザーにあるので、僕らだけで頑張っても限界がある。ほかを選ばれてしまったらそれで終わりです。
結局はユーザー側の意識というか、リテラシーがある程度醸成される必要があるし、ユーザーが自分の情報摂取の偏りを自覚し意識できる状態に持っていくのが重要だと感じます。
AWARD第1回でグランプリになった「心組成計」っていうアイデアは、自分がネットを見ている時の心理状況を、ユーザーの側から確認できるものです。
それをもう一歩進めて、その情報をユーザーが普段使っているネットサービスにうまく受け渡して、ユーザーごとの個別の「情報的健康」に繋げていくような仕組みができると面白いと思いますね。
「情報的健康」の仕組み作りにも生成AIは避けて通れない
——今のお話のような、一人ひとりが望む情報的健康を実現するためのツールや仕組みを作るには、AIを活用する必要がありそうですね。
まだ将来の話なのかもしれませんが、AIが個々人の接した情報を全て把握して、その人の「情報的健康」の状態を可視化して教えてくれるような仕組みができるんじゃないかなっていう気はしますよね。
いま、リアルな個人の健康情報についても、パーソナルヘルスレコード(個人の健康状態、保健、医療、介護に関する履歴を一元的に集約したデータ)の管理と活用が議論されていますが、「情報的健康」も同じだと思います。
その時に、ある1つのプラットフォームがその人の情報のほぼすべてを握るというのは健全ではないと思います。あくまでも“ユーザーが主体となって”自分自身の情報を管理すべきで、それをアシストするAIを誰が作ってどう使っていくのかという仕組みの議論はとても重要になってくると思っています。
——最後に、第2回AWARDに応募しようという方々にメッセージをお願いします。
個人的にはやはり生成AIは避けて通れないかなと思っています。今はスマホが普及して、情報発信やコミュニケーションは基本スマホを前提にして作られていますが、今後は生成AIが前提となった情報発信やコンテンツ制作になっていくと思います。
まだまだ発展途上の技術であることは確かですが、それを活用することで想像してもみなかった新しいことができるようになることは確実です。生成AIをこう使えばこういうふうに情報摂取のしかたを変えられるとか、こう使えばもっとユーザーフレンドリーに情報を扱うことができるようになるとか……。まだ見ぬ生成AIの使い方を、ネット事業者も広告事業者も考え始めていますが、ユーザー側からのアイデアも期待したいです。
高校生や中学生ならではの発想や、情報感度が高い高齢の方からも「自分は普段こんなことを課題に思っているんです」というような、事業者側の僕らがまだ想像していない視点から、こういうふうに生成AIを使えば便利だというようなアイデアが出てくると、とても面白そうだなと思っています。
(取材・文/NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)
インフォメーション・ヘルスAWARD 2024に関しては公式サイトをご覧ください。
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