「すみません! 早く来すぎちゃって……」
「スポーツ明日への伝言」収録の朝。約束より40分も早く、第五回WBC日本代表監督・栗山英樹さんは、慌ただしく人が出はいりするNHKの玄関に立っていました。グレーの背広に手には傘。その小柄な姿を目にして、改めてWBCで見せたあの冷静果敢な決断力と求心力の源を探ってみたくなりました。
あふれるような野球への想い。その強さに、最初に驚かされたのは20年ほど前、北海道栗山町に手造りの野球場「栗の樹ファーム」を訪ねたときでした。
メニエール病に苦しんで選手を引退し、スポーツキャスターになった栗山さんは、大リーグの取材で見た天然芝の美しさに魅せられ、映画『フィールド・オブ・ドリームス』に出てくるトウモロコシ畑の球場のような天然芝の球場を自分の手で造る夢を抱きます。
しかし、個人が造るにはあまりにハードルが高すぎる!
躊躇する栗山さんの背中を押したのは栗山町の皆さんと仲間たち。荒地の土を起こし、水を引き、芝の種を蒔き、トウモロコシでフェンスを造り……まるでWBCの日本チームのように一丸となって造ったのが「栗の樹ファーム」です。脇に建てたログハウスには、蒐集した大リーガーや日本の名選手のユニフォーム、バットやボール、写真がいっぱい。まさに栗山さんの「フィールド・オブ・ドリームス」がそこにありました。
アメリカの野球に憧れながら、『論語』や『四書五経』を精読し、飛田穂洲・三原脩に学び、長嶋茂雄さん、王貞治さんに教えを請う姿勢。楽しくが一番のベースボールと、心も磨くという日本野球の二つを重んじる栗山さんには野球の神様も味方をしてくれたのでしょう。
「どうです? 大リーグの監督は?」と尋ねると「ああっ、それはーメチャクチャ夢ありますよね〜」と少年のような笑顔になった栗山英樹さん。大谷翔平選手と一緒に今度は大リーグのワールドシリーズを制覇! それが正夢になる日が来るかもしれません。
(くどう・さぶろう 第1・3火曜担当)
この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年9月号に掲載されたものです。
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