「超多様性トークショー!なれそめ」
Eテレ  毎週(金)午後10:00~10:29
再放送 毎週(火)午前0:00~0:29(月曜深夜)
NHKプラスでは同時配信、放送から1週間見逃し配信しています。

女子校出身のトランスジェンダー正木菜々瀬が、これまでの経験などをもとに番組をレビュー。独自の視点で感想や見どころなどを綴っていきます。誰かの背中をそっと押すような、そんな番組との出会いを皆さんに届けていきます。

表面的な見え方を気にするあまり、本来の自分を出すことができなかった――。
そんなもどかしい経験をしたことはないだろうか。人と関わるとき、素の自分を受け入れてもらえるか分からない不安や怖さから、自分自身を“仮想”という殻の中に封じ込めてしまうことがある。

だが一方、殻の中だからこそ、自分らしさを取り戻せる良さもある。現実世界に氾濫する情報やマインドセットによって本来の自分を見失ってしまったとき、仮想空間に身を置くことで、その呪縛から逃れることができるのだ。それはまるで、心の「安全基地」のような居場所でもある。

「超多様性トークショー!なれそめ」5月12日(金)の放送は、自分でいることを妥協しないための居場所と、そこで生まれる新しい幸せかたちを教えてくれた。

今回のゲストカップルは、アバターの姿でVR(仮想空間)ゲーム内で出会い、“メタバース婚”をしたコマチンさん&ジョバンニさん。VRだからこそ自然体でいられたというふたりは、どのようなきっかけでカップルになったのか? VRの世界だから見つけられた自分らしさと新しい幸せのかたちとはどのようなものか?
今回も「なれそめ」のキーワードを記した「なれそメモ」をもとに、司会の田村淳さんとゲストの方々が解き明かしていく――。

コマチンさんとジョバンニさんの出会いは、VRゲームの中と聞いて、まず驚いた。SNSや出会い系アプリによる出会いこそ現代的だと感じていたが、さらにその上をいく仮想空間の中で出会ったというのだから。メタバース社会が、いよいよ身近なものとなってきた。

素顔を隠したアバターゆえに、ゲーム内では積極的になれたというコマチンさん。逆に話しかけても反応が薄いジョバンニさんが気になりはじめ、次第に毎日ゲームの約束をする仲へ。そして、交際するきっかけとなったのもまた、VR空間でのデートだった。

それは、ゲームのタイムスリップ機能で時を遡り、小さい頃を過ごした街並みを歩きながら互いを知るというもの。アバターとなって過去を追体験しながら、心の距離を縮めていくといった、現実世界では不可能な超ロマンチックなデートだ。

ふたりは、VRだからこそ先入観を持たずに相手を思える一方、リアルな世界で会えないもどかしさをつのらせていった。そんなある日、些細な口論がきっかけとなり、居ても立っても居られなくなったジョバンニさんは、大阪から東京まで車をとばしてコマチンさんに会いにいく。

VRゲームで出会った頃のジョバンニさんは、コマチンさんと話すことすら億劫で、やや内向的だったそうだ。そんなジョバンニさんが、コマチンさんと直接話すために6時間かけて会いにいったというのだ。これは、“VR効果”とでもいうべきか。

細田守監督のアニメ映画『竜とそばかすの姫』は、心に大きな傷をかかえた主人公・すずが、アバターの歌手・ベルとなって仮想世界〈U〉で活躍する物語。そこで悩みや葛藤を乗り越えて成長し、やがて現実世界にも希望を見出していく姿が心を打つ。仮想世界の出来事が現実世界を変えるなんてことは、まさに仮想のアニメの中だけの話だと思っていた。

ところがしかし、実際にVRの世界での「なれそめ」を通して、ジョバンニさんの内面は大きく変化していった。いまでは、ゲーム内で出会った友人と直接会うこともあり、つながりがさらに広がったとジョバンニさんは笑顔で話す。

残念ながら、私にはまだVRの経験はない。
たが、遠い人とのつながりが、私の心にある変化をもたらしてくれたことがある。

私の母は南アメリカのペルーの出身で、現地には数えきれないくらいの親戚がいる。私は小学2年生の頃、一度だけペルーを訪れた経験があった。当時、私のめいにあたる子が生まれたばかりで、現地でその子を抱きかかえた私が、いまも部屋の隅に飾られた写真のなかで微笑んでいる。

その子が少し大きくなった頃、私が昔着ていた服や遊んでいたおもちゃなどを現地に送ると、彼女からビデオ電話がかかってきた。一瞬、私は電話にでるのをためらった。彼女の手元に届いたのは可愛らしい人形や洋服だが、それを送ったのは男性的な見た目となった私だったからだ。

彼女は、カメラに映ろうかと逡巡する私に懸命に呼びかけ、満面の笑みでありがとうと手を振るのだった。彼女の笑顔が、私に大きな安心感をあたえてくれたのはいうまでもない。

私には日本だけでなく遠く離れた異国の地にも、私が私であることを受け入れてくれる家族がいる。どれだけ距離が離れていても、これから先会うことができなかったとしても、私に居場所と自信を与えてくれる人たちがいる。それは、VRとも似た遠くて近い特別な距離感のおかげかもしれない。コマチンさんとジョバンニさんの「なれそめ」のように。

そして、今回のカップルが考える「超多様性」とは――?
「過去にとらわれない」(ジョバンニさん)
「フィルターを外す」(コマチンさん)

VRでの出会いは、まだ一般的ではないかもしれない。
しかし、これまで登場したカップル同様、それはただのきっかけに過ぎない。その先にある変化、そこから生まれる勇気や希望こそが現実世界に光を注ぐように思う。番組の中で読まれたふたりの家族からの手紙は、すてきな人と巡り会えたことに対する喜びにあふれていた。それは、家族の姿もまた多様であることを尊重しているように私の心に響いた。

(文/正木菜々瀬)

東京と大阪で離れて暮らし、アバターの姿でゲーム内で出会いメタバース婚をしたコマチンさんとジョバンニさん の「なれそめ」は、本放送から1週間見逃し配信しています。
https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/episode/te/14394G24KV/

次回の放送は、5月19日(金)
「元女友達!トランスジェンダーの彼&超自然体で生きる彼女 」カップル!

https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/
(放送後、1週間見逃し配信しています)

1999年、茨城県生まれ。女子校出身のトランスジェンダー。当事者としての経験をもとに、理解ある社会の実現に向けて当事者から性に悩み戸惑う方、それを支えようとする方への考えを発信する活動に従事する。