「超多様性トークショー!なれそめ」
Eテレ  毎週(金)午後10:00~10:29
再放送 毎週(火)午前0:00~0:29(月曜深夜)
NHKプラスでは同時配信、放送から1週間見逃し配信しています。

女子校出身のトランスジェンダー正木菜々瀬が、これまでの経験などをもとに番組をレビュー。独自の視点で感想や見どころなどを綴っていきます。誰かの背中をそっと押すような、そんな番組との出会いを皆さんに届けていきます。

私たちは個々の存在として生きていて、つねに自己と向き合い続けなければならない。人生には目を逸らしたくなることが山ほどあり、向き合いたくないことが沢山ある。でも、そんな地獄のようなつらい日々でさえ、誰かと笑いあえる日を信じてもがき葛藤していくなかで、未来は開かれていくのかもしれない。
「超多様性トークショー!なれそめ」4月7日(金)の放送を見て、私はそんな感想を私は抱いた。

「超多様性トークショー!なれそめ」は、カップルのなれそめをきっかけに、価値観や人生の楽しみ方を考えるトーク番組。今回のカップルは、大ヒット映画『カメラを止めるな!』の監督をつとめた上田慎一郎さんと映画『こんぷれっくす×コンプレックス』で映画賞を受賞した監督、ふくだみゆきさんだ。

映画監督同士のふたりは、何をきっかけにカップルになったのか? 『カメ止め』の裏側には、どのような葛藤や苦労があったのか? なれそめのキーワードを記した「なれそメモ」をもとに、司会の田村淳さんをはじめ、ゲストの方々が次々と紐解いていく――。

破天荒すぎる彼&面白がる彼女の出会いは、まさに破天荒というか、衝撃的なものだった。
当時、上田さんの映画制作団体にスタッフとして入ったふくださんは、上田さんの過去のブログに書かれていた破天荒すぎる過去を知って興味を抱く。そして、「この人のDNAがほしい!」と思ったことが、ふたりの関係性を変えていく……。

ふくださんは、そう思っただけでなく、実際にその言葉を上田さんに伝えたというから驚く。好きとか一緒にいて落ち着くといった感情よりも、「破天荒でおもしろいDNAを次世代に残したい」という思いが優先されるのは、少し変わっていると感じるかもしれない。でもそれは、人がそれぞれ自分の中で大事にしているものの優先順位の違いに過ぎないのではないだろうか。

人は、「これは妥協できない」というものを、趣味しかり、仕事しかり、恋愛しかり、きっともっている。恋愛の入り口は、必ずしも“好き”から始まるだけではない。「気づいたら好きになっていた」などとよく聞くように、その入り口は多様なのだ。人生の分岐点となる「なれそめ」は、そんな多くの気づきにあふれている。

もうひとつ私が注目したのは、
映画『カメ止め』がヒットした背後に、子育てと仕事の両立というふたりの葛藤があったということだ。これは、クリエイターとして活動するふたりに限らず、主婦(夫)の方や子育てと向き合う多くの方が抱える悩みだろう。

大好きな映画監督の仕事ができないという葛藤と、子育てに苦戦するふくださんは『カメ止め』がヒットした喜びと同じくらい、ふたりのバランスが大きく崩れていく不安を感じていたという。そのバランスを保つために考え抜いて出した答えは、「ふたりとも器用ではないから彼は彼、私は私でもがくしかない」ということだった。

私がトランスジェンダーとして生きるなかで感じる他人との違いも同様だ。これから先、新たな家族ができたとしても、過去がなくなることも変わることもない。私はトランスジェンダーであり、その事実と向き合い、もがき続けながら生きていく。この葛藤は、ありのままの自分を受け入れてくれる相手と出会うために与えられた、ひとつのミッションにすぎないと私は信じている。

葛藤のなかでふたりが出した答えは、恋愛的な関係を超えた家族のかたち。いや、家族というより個々を尊重した「チーム」であり続けることを大切にした新しい関係。それぞれが向き合い続け、チームでいることで、互いにとってより良い道に進める関係だ。スタジオトークのなかで、互いを「上田」「ふくだ」と名字で呼び合うのは、そんな関係性を象徴しているようにも感じた。

辛かったことがあるからこそ、深まった絆。これは、逆境を前向きに生きてきたからこそ得られる境地なのかもしれない。ふたりの特別な財産なのだろう。
そんなふたりが考える「超多様性」とは――?
「自分のことも相手のことも面白がれること」(ふくだみゆき)
「勇気をもって正直でいること」(上田慎一郎)

どんな逆境でも、前向きに「面白い」という感情に変換できるのは、勇気をもって自分自身に正直であり続けてきたからではないだろうか。それは、相手の個性を受け入れ、尊重することに他ならない。ふたりのメッセージは、実は同じベクトルをもっている。

私たちが大切にしているものは、人それぞれ異なる。でも、異なるからこそ尊重し合える楽しさと豊かさで、人生は満ちあふれている。今はつらい日々にあっても、まだ見ぬ誰かとの出会いをきっかけに、笑顔になれる日がやってくる。だからこそ、自分自身と向き合い、もがき続けていくことが大切なのだ。ふたりの「なれそめ」は、私にそう教えてくれた。

(文/正木菜々瀬)

4月21日(金)の放送は、
安室奈美恵やBTSなど500以上の楽曲を手がける作詞・作曲家の岡嶋かな多さん&超ポジティブ思考で型破りに応援する澤田知之さんカップル!

https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/episode/te/18KJ5KQP39/

1999年、茨城県生まれ。女子校出身のトランスジェンダー。当事者としての経験をもとに、理解ある社会の実現に向けて当事者から性に悩み戸惑う方、それを支えようとする方への考えを発信する活動に従事する。