『春の富士山』。「富士に桜のモチーフは最近よく頼まれます。両方とも日本人が大好きなものですね」。
銭湯の壁面いっぱいに風光めいな背景画を描く銭湯絵師のなかじまもりさん(75歳)。なかでも富士山は代表的なモチーフで、5000を超えるさまざまな姿を描いてきました。
聞き手/遠田恵子

富士は四季の変化だけでなく、一日のうちでも2時間ごとに表情が変わります。若いころは休日のたびに富士の周りを360度、さまざまな角度からスケッチしました。どの角度も微妙に違う表情があって、なかには「え、これが富士?」なんて思うような格好悪い場所もあります。

僕がいちばん好きなのは河口湖から見た姿。なだらかな柔らかさがある。西伊豆の方からの眺めは男性的ですね。波頭を荒く描いたりするのもいい。どれだけ描いても飽きないですね。

『春の富士山』。「5月ごろの新緑の季節は描いた回数がいちばん多いですね」

銭湯絵は数年に一度描き換えをしますが、もとの絵とはガラッと違う富士にしています。頭の中に完成した絵があって、ほとんど下絵なしで描いていきます。使うのは白、赤、黄、紺の4色のペンキ。これでどんな色でも作ります。例えば松の緑は黄と紺を合わせる。赤富士の色は赤に黄。

『赤富士雲』。「刻一刻と変化する雲の流れを筆でなくローラーでぼかして表現します」

もちろん要望があれば富士以外の風景も描きますよ。そのために旅行に行ったときは必ずスケッチしたり写真に収めます。だから僕の頭の中には、全国の名所の風景が詰まっているんです。

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https://steranet.jp/articles/-/1538

中島盛夫 (なかじま・もりお)

1945(昭和20)年、福島県飯舘村出身。'64年に上京、背景画師の故・丸山喜久男氏に師事し26歳で独立。初めてローラー使いを考案し、背景画制作の時間短縮に貢献。日本を代表する背景画師の一人として、銭湯絵のほか幅広いフィールドで活躍中。2016(平成28)年「現代の名工」に選ばれる。

構成/小林麻子
※この記事は、2020年10月14・21日放送「ラジオ深夜便」の「わたし終いの極意」を再構成したものです。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2021年2月号より)

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