障害のある子どもたちも含め、広くボランティアで書道を教えている西にし​里ざと​俊とし​文ふみさん(52歳)。青森県立八戸第二養護学校の教頭先生で書家でもあります。23年前に5人の教え子と一緒に書道会を始めました。西里さんに作品作りの楽しさや子どもたちとの交流についてお話を伺いました。
聞き手/嶋村由紀夫

心から湧き立つエネルギーを作品に

——西里さんの書道会には、今どのくらいの会員さんがいらっしゃるんですか。

西里 現在は33人です。ハンディのある方が約8割で、肢体不自由や聴覚障害、知的障害の方などがいらっしゃいます。

——ご自宅でやっていらっしゃるんですか。

西里 初めは自宅で教えていたのですが、新しい家を建てたので、もとの家を書道会専用にしました。墨が飛ぶのを気にせずに書いています。壁も畳も墨まみれですが、勢いのある作品が生まれています。

——書道会を始められたきっかけは?

西里 最初に勤めた養護学校で書道を教えていました。5年後、異動が決まったとき、ある男の子から書道を続けたいと言われて、じゃあ家でやろうかというのがスタートでした。

——皆さんの作品や書いている映像を見せていただきました。大胆に筆を動かして、手も足も墨だらけですね。

西里 「今日は墨を何メートル飛ばしたから世界記録だ」と喜んでいる女の子がいて、墨が飛び散るのを楽しんで書いています。生き生きと表現できるなら、飛ばすのも大賛成です。

——枠の中に閉じ込めず、好きにやってみろという指導ですね。

西里 一人一人の特性や特徴、良い面を引き出すようにしています。以前は書き順にこだわっていたときもあったのですが、子どもたちの表情が暗くなってしまったんです。これはいけないなと思い、褒めて作品作りをしようと方針を転換しました。

——皆さんの作品、おもしろいですね。「ぼくの中にライオンがいる」や「おなら友だち」「なんでだろう心が一つになれるのは」「日本海を食べつくすぞ」「花も虫も人間もみんな兄弟」「起こすなずっと寝ていたい」など、言葉はどのように決めているんですか。

西里 「今どんなこと思ってるのかな」「何に興味があるのかな」などと聞いて、会員さんから出た言葉をそのまま作品にします。書きたい言葉を大事にして、心から湧き立つエネルギーを作品に表現してほしいですね。


会話から言葉が見つかる

——例えば「ぼくの中にライオンがいる」は、そういう感じって分かるなと思うんですが、言葉として引き出すのは難しいですよね?

西里 「ぼくの中にライオンがいる」を書いた会員さんは、電動車椅子で会に来ている筋ジストロフィーのお子さんです。少しずつ会話を続けているうちにこの作品ができました。これが「筆文字で伝えたいことば大賞」の大賞を受賞し、彼の自信作になりました。誰もが自分の中に訴えたいものがありますが、彼はそれがライオンだと思ったんですね。短いですが深い言葉で、まるで詩のようで、メッセージ性のある作品です。

…一般社団法人日本デザイン書道作家協会主催で2016年から始まった企画。筆文字だから伝わる言葉、筆文字だから感じる言葉など、自由な発想で楽しみながら筆で書いた文字を子どもから大人まで広く募集している。

▲▶東京・北千住で行われた、西里さんが主宰するボランティア書道教室「俊文(しゅんぶん)書道会」展覧会出品作品の一部。
右/西里さんのテーマでもある「凸凹」。同じ凸凹という文字でも、それぞれの個性があふれる作品になっている。

——どの作品からもその子らしいメッセージが伝わってきます。

西里 言葉のキャッチボールをしていると想像もつかないような言葉が出てきてとても楽しいです。最近文字を書くのが非常に好きになった知的障害の女の子がいるんですが、どうも恋をしているようなんですね。自分の思いをメモ用紙にうれしそうに書いています。恋文のようになっているので、作品にして次の展覧会で発表できればと思っています。

——ハンディのある子どもたちですから、どうしても筆を持つまでに時間が必要ですよね。

西里 なかなか指導どおりいかないこともありますが、少しずつ時間をかけてじっくり取り組むと、それぞれのレベルに応じて成長が見られ、入会してきた当初よりも格段にいい線を書く会員さんもいて驚きます。肢体にハンディがある会員さんでがある場合には、軽く肘を押さえてあげて運筆のやり方を教えます。引く方が得意であれば、引く線が多い文字を入れますし、筆圧のコントロールが難しくて線が交わると紙が破れてしまうような場合はなるべく交差する文字を入れないような工夫をします。

——紙もかなり大きいですね。

西里 幅160センチ、長さが4メートルのロール紙に大きな筆で書きました。車椅子の会員には、紙の上に降りて、倒れ込んで書くようにアドバイスしました。墨にまみれて顔にかかってもいいと思って書くと、生命力にあふれたエネルギッシュな線が出てきて、それを見ると本人もうれしいようです。

青空の下で書道をしようと、会員さんの土地を借りて外で思いっ切り書いたこともあります。汚れてもいいTシャツを着てみんなで胸や背中にいっぱい書いて、墨まみれで遊びました。皆さんにこやかでとてもいい表情で、墨と戯れたいい経験になりました。

展覧会では大きな作品も展示された。

(後編はこちらから)
構成/後藤直子、向川裕美
(月刊誌『ラジオ深夜便 』2022年11月号より)

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