新・介護百人一首

庭いっぱいの
洗濯物が
消え去りぬ
冬に耐えきし
父は逝きたり

山口県砂田京子 74歳)

詞書

介護度が進むにつれ、洗い物も増え、干し場がいつも塞がっていた。逝ってしまうと急に洗い物が無くなり、脱力して、うそのような日々となった。寒い日のたくさんの洗い物に困ることが多かった。

感想コメントをいただきました

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

ある人の存在を何を通して感じるのか。その方ご自身の命そのものはもちろんですが、庭いっぱいの洗濯物のように、その人の生活の中でかけがえのない営みの証しを通しても、私たちの心は「人間」を感じるのではないでしょうか。いなくなって、ぽっかりと穴が開いたような喪失感が生まれて、初めてわかる何気ない日常の大切さ。人間は、その「存在」を通してと同じくらいに、その「不存在」を通して私たちにたくさんのことを教えてくれるように思います。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。