1970年冬のニューヨーク。あるアパートメントから立ち退きを迫られながらも居座っていた作家ハリー。住人は、彼1人のはずだったが……。全米図書賞を2度受賞した作家の異色作。

デビュー作『ナチュラル』が、ロバート・レッドフォード主演で映画化されたマラマッドは、ニューヨーク生まれのユダヤ系の作家。日本でも人気が高く、『アシスタント』『フィクサー(修理屋)』など長編8作中、本書以外の7作が翻訳されていました。アメリカでの1971年の出版以来、翻訳されず取り残されていたのは、つまらないから?と聞かれれば否です。

舞台は、取り壊し寸前のアパートメント。ユダヤ人作家ハリーが主人公で、新作の完成まではと部屋に居座っています。他の住人はみんな立ち退いたはずですが、ある日、ほかの部屋からタイプライターの音が……。

調べてみると、なんとウィリーという黒人が昼間だけ無断で入り込んで、小説を書いていたのです。その日から、文化的にまったく異なる2人は対立し、競い合いながら小説を書いていきます。殴り合いのけんかに発展し、ついにはハリーがウィリーの白人の恋人を好きになったことで、さらに泥沼化していく。

後半は、ものすごくエキサイティング。どんな結末かは読んでのお楽しみですが、よくこんな設定を考えたなあと思います。

当時は、ベトナム反戦運動や黒人解放運動が盛り上がっていた時代。ユダヤ人も黒人もマイノリティーだけど、それぞれの置かれた状況の違いが細かく描かれていきます。半世紀前の社会を描いた小説ですが、現在のBLM*にも通じる物語です。

*BLM=ブラック・ライブズ・マター。 黒人に対する差別や暴力に抗議する運動。

(NHKウイークリーステラ 2021年5月7日号より)

北海道出身。書評家・フリーライターとして活躍。近著に『私は本屋が好きでした』(太郎次郎社エディタス)。