「絵がないと番組にならない!」
番組制作の現場でよく耳にする言葉だ。
ところが視聴者は映像以上に、音に魅せられることがある。「あさイチ」冒頭で「朝ドラ受け」が減ったこの夏、「朝ドラ受け」以外でも視聴者を惹きつけられることが明らかになった。
BGMの力である。
音楽と映像の絶妙なコラボで、どこまで番組が魅力的になるのか。
視聴データの分析と音響デザインの専門家の解説で迫ってみた。
「あさイチ」冒頭での大差
まもなく最終回を迎える「ちむどんどん」。
直後に放送される「あさイチ」では、実はこの夏に「朝ドラ受け」を減らし、VTRで番組がスタートしたり、その日のゲストの話で始めたりすることが増えていた。
そんな中、「あさイチ」冒頭で画期的な演出が登場した。
9月12日の「教えて名店さん!永久保存版“極上!親子丼の作り方”」だ。この日の見られ方が前4週の同じ月曜とどう違っていたのかを、まずは視聴データで振り返ってみよう。
「ちむどんどん」のラストは、個人視聴率で毎回5%ほどだ。
ところが5回の放送では、「あさイチ」になってから冒頭10分間に大きな差ができていた。一般的に冒頭3分間で、視聴者の3割前後が見るのをやめる。「あさイチ」のその日のテーマに興味がない。裏番組を見る視聴習慣がある。あるいは用事があり外出するなどが理由だ。
そして5分で、視聴率が3分の2以下に下がる。
ところが9月12日の回は、前4週と比べ4分でトップとなった後、8時25分までの下落率もかなり少なく済んでいた。
その原動力にBGMの力があったと、この7月までNHKで音響デザインを担当していた三澤恵美子さんは語る。
親子丼と音楽の味わい
「この日は私たちに馴染みのある親子丼とは一味違う、老舗やミシュランによる極上親子丼が登場した。見た目の美しさはもちろん、作り方のこだわりや繊細な調理によって“親子丼”が品格のある奥深い料理として生まれ変わっていた」
「町のそば屋の650円の親子丼しか知らない自分にとっては、まさに驚きの連続だった」
しかしテレビでは、匂いも味も伝わらない。
いかに普通の親子丼と違うか、画面を通してでしか味わうことができない視聴者に、“極上”を届けるために一役買ったのがBGMだったという。
「番組冒頭、ハイスピードカメラで捉えた『親』と『子』の別次元のクオリティを醸し出すために、クラシックの名曲、ビバルディの四季から『冬』が使われた。バイオリンの高く繊細なフレーズは、“親子丼”がいかに儚い料理かを示した。チェンバロの独特の音色が、日常とかけ離れた特別な空間へと誘ってくれて、これで一気に“650円の親子丼”とは全く別の料理である“名店の極上親子丼”が深く印象付けられた」
「その後も名店の技や味は、弦楽器の荘厳なアンサンブルや、教会の聖歌隊のような透明感がある美しいBGMで紹介され、“極上”がより強調された。名店の技を探るシーンでは、ワルツやバロック風、そしてファンタジーな雰囲気を感じさせるBGMによって、迷宮を歩くような少し不思議な気分と、秘密に迫っていく期待感が生み出されたのである」
名店と家庭をつなぐ音楽
ただし「あさイチ」は高級グルメの紹介番組ではない。
視聴者を「家庭の味」として、「今夜わが家でも作りたくなる」と思わせるのが大切だ。ここでもBGMが大活躍したと三澤さんは言う。
「ここで登場したのが、金管楽器とドラムマーチを使ったBGM。インディージョーンズのようなアドベンチャー映画によく登場する、挑戦心を高めていく音楽だった」
「名店の味に挑戦することは“冒険に出ること”だ。料理こそ壮大なアドベンチャーだと視聴者のワクワク感と意欲を引っ張る役割を音楽が果たしていた。一見難しそうな工程も、冒険の道中にミッションをクリアしていくような、言わばRPG(ロール・プレーイング・ゲーム)を楽しむような気分にしてくれる効果的な選曲だった」
硬軟と緩急が自在の妙
「あさイチ」はVTRとスタジオで構成される。
この日のスタジオで、ゲストの井之脇海さんが「老舗の技」に挑戦するコーナーがあった。
「VTRとは打って変わって、とても軽めのBGMを使うことで“手軽さと楽しさ”を演出していた。その振れ幅の大きな選曲が、“老舗の味”を“家庭の味”へと効果的にリンクさせていた」(三澤氏)
視聴者からのメールやFAXでも、「今夜作ってみようと思います」などのメッセージがたくさん届いていた。番組の狙いは見事に果たされたのである。
視聴データでも、番組の成功ぶりが浮かび上がる。
前4週と比べ、この日の個人視聴率はあまり変わらない。ところが「音楽に興味あり」層だと、わずかにトップに躍り出る。さらに、その層の女性だと、2位との差が0.2%と少し広がった。
さらに音楽好きの専業主婦だと差は0.6%になり、男性を含めた音楽好き50代だと2位と1.8%差、4週平均とは倍以上の開きとなった。
「あさイチ」の主な視聴層には、音楽がしっかり訴求していたと言えよう。
SNSでも「今日のあさイチ、チェリまほのBGMかかっていた、朝からうれしい」などのつぶやきもあった。音楽を気に留める視聴者は、確実に存在する。
今度は皆さんも、テレビの映像を何となく見るだけでなく、音楽を凝視してみてはいかがだろうか。
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。