「パパゲーノ」という言葉を知っていますか？
これは、「死にたい気持ちを抱えながら、その人なりの理由や考え方で“死ぬ以外”の選択をしている人」のことを表した言葉です。
オーストリアのメディア研究では、こうした経験を持つ人のストーリーを伝えることが、自殺を思いとどまる抑止力になることが示されており、モーツァルトのオペラ『魔笛』の登場人物になぞらえ「パパゲーノ効果」と呼ばれています。
今回ご紹介したいドラマは、特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」です。
番組タイトルの「もも」という名前は、NHKが運営するサイト「自殺と向き合う」に日々寄せられる投稿のなかで、最も多く使われるニックネームです。
主人公のももさんや、物語に登場する7人の「パパゲーノ」たちの人物像は、ここに寄せられた投稿や、当事者の方々への取材を元に描かれています。
ももさん（伊藤沙莉）には、これまで誰にも言わなかった言葉がありました。
それは……「死にたい」。
日々の暮らしの中で、ももさんは自分が「死にたい」気持ちを抱えているなんて気付きもしませんでした。「死にたい」は、自分なんかが言ってはいけない言葉だと思っていたのです。
ある夏。月曜日の朝が来ることが耐えきれなくなったももさんは、会社を休み、SNSでつながった“死にたい”気持ちを抱えながら生きる人＝「パパゲーノ」たちを訪ねて旅に出ます。
彼らと出会い“死ぬ以外”の選択肢を知っていくももさん。
しかし、あるパパゲーノの言葉をきっかけに、ももさんの心に再びざわめきが生まれて……。
脚本を手がけた加藤拓也さんと、演出を担当した後藤怜亜さんに、このドラマに込めた思いを聞きました。
〇脚本・加藤拓也さん
1週間、月曜から日曜までの7日間で、曜日によって気持ちも上下していく。さまざまな個性を持つ7人に登場していただきました。セリフひとつとっても、多くの人たちのさまざまな行動のきっかけにつながるかもしれません。どうすればいいんだろうと、悩みながら脚本を練りました。
解決できないことは、無理に解決しなくてもいい。そのままでもいいんだよ、という優しさが全面に出ている作品になっています。
当事者だけでなく、年代や悩みに関係なく、いろんな人に観てほしいです。悩んでいる人だけでなく、その周りの人たちにも関係のあることだから。
加藤拓也（かとう たくや） 脚本家／演出家／監督
17歳で構成作家として活動開始。翌年イタリアへ渡り、映像演出を学ぶ。帰国後、劇団た組を立ち上げ、ベテランから若手まで多くの人気俳優が出演している。ドラマ脚本「俺のスカート、どこ行った？」（日本テレビ）「不甲斐ないこの感性を愛してる」（フジテレビ）でも注目を集め、「きれいのくに」（NHK）にて市川森一脚本賞受賞。
初の長編映画「わたし達はおとな」（監督・脚本）が公開中。
2022年9月21日から、舞台「ドードーが落下する」がＫＡＡＴ神奈川芸術劇場で上演される。
〇演出・後藤怜亜さん
今作では、“こういう考え方ってダメ”ということを超えていく物語を、加藤さんに書いていただきました。
ふだん私は、「ハートネットTV」などの福祉番組を担当しており、5年半にわたり、NHKポータルサイト「自殺と向き合う」の運営に携わり、当事者の方たちの声に耳を傾けています。
当事者の方の話を聞いてネガティブになったり、嫌な気持ちになったりしたことはありません。とても魅力的な方々が多いです。否定やアドバイス、問題を解決しようとはしない。肯定できる部分をどう見つけていけるのかが大事だと思うからです。
“死にたい”という気持ちを言葉にすると、自分自身を否定され、抑圧されてきた方がたくさんいます。これは個人の問題ではなく、社会の問題。このドラマの持つ力で、そういう状況を少しでも変えていけたらと。否定はせず、でも助長もしないことを両立させる作品にすることを大切にしました。
後藤怜亜（ごとう れあ）
2010年 NHK入局。2016年〜福祉番組「ハートネットTV」を担当。
主に希死念慮を抱える当事者の方々、精神疾患のある若年層の方々との取材・番組制作を継続的に行う。NHKポータルサイト「自殺と向き合う」「わたしはパパゲーノ」など、気持ちを共有するwebプラットフォームを運営。
担当番組：2017年「生きるためのテレビ―あした、会社に行きたくない―」
2017-2020年「#8月31日の夜に。」(2018年 イタリア賞・イタリア大統領特別賞)
2021年-現在「わたしはパパゲーノ―死にたい、でも、生きてる人の物語―」など。
「生きるのがつらい」と感じることは、誰にでもあると思います。
そんなとき、「そのままでもいいんだよ」とそっと寄り添う、心あたたまる物語が特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」です。
「死にたい」自分を肯定していく、1週間の物語。
ももさんの旅を見届けてほしいと思います。
■NHKでは、下記の特設サイトを運営しています。
「自殺と向き合う」
http://www6.nhk.or.jp/heart-net/mukiau/
「わたしはパパゲーノ」
https://www.nhk.or.jp/heart-net/papageno/