NHKの看板番組の一つは大河ドラマだろう。戦国時代、幕末から明治維新にかけてなど、日本の激動の時を捉えた内容に固定ファンがいる。
公共放送としては、安定のブランドに加えて、時代に合わせた革新的な番組作りも期待したい。その意味で、去年放送され、先月も再放送があった戦国武将の明智光秀がスマホを手放せないという設定のSF時代劇、〈光秀のスマホ〉は興味深かった。
山田孝之さんが光秀役をつとめるこのドラマ、最初から最後までスマホの画面しか映っていない。その背後に、まわりの様子が少しぼやけて見えるが、ストーリーの進行は基本的にスマホ上のメッセージのやり取りなどを通して描かれる。
光秀が織田信長に仕えるようになり、秀吉とのライバル関係、信長への複雑な気持ちなどを通して、次第に「本能寺の変」の謀反へと向かう様子を、コミカルな味を交えて演出した。ドラマは評判を呼び、ギャラクシー賞を受けるとともに、ツイッターのトレンドにも上がった。
スマホ画面が中心だけに、その範囲のつくり込みがさすがNHKであった。現実に存在するメッセージ、通話、ニュースなどの各アプリを連想させるデザイン、さらにその動作が戦国ならではのひねりを加えた表現になっているのだ。
光秀が「通りすがりの麒麟児」という「裏アカウント」をつくって本音をつぶやく。送り先を間違える“誤爆”をしたり、秀吉が他の女性とのメッセージのやり取りを妻であるおねに見られたりするなど、現代に通じるドタバタ悲喜劇が物語を盛り上げる。
同じく光秀を主人公とした大河ドラマ〈麒麟がくる〉を「能」だとすれば、〈光秀のスマホ〉は「狂言」だろう。本質をついた「批評性」があることが、〈光秀のスマホ〉という作品の印象を深いものにしている。
〈光秀のスマホ〉に登場する信長、秀吉、光秀などの戦国武将は、その言葉遣いや行動様式が今どきのベンチャー企業の若き経営者のようだ。大胆な発想で、往時と現代をつなぐことに成功している。
ともすれば男性中心になりがちな物語を、ジェンダーのバランスの良いタッチにしたのは脚本の力だ。秀吉に対するおねの一連のアドバイスが、全体の流れをつくっている。
脚本は、山田孝之さんと多くの仕事をしてきた竹村武司さん。演出は田中涼太さん。羽柴秀吉役を和田正人さん、おね役を田中みな実さん、織田信長の声を人気声優の島﨑信長さんが演じるなど、個性派の群像が際立つドラマとなった。
勇気を持って、新しいことに挑戦すれば、必ず人の心に届く。〈光秀のスマホ〉は、そんなすぐれた試みになったと思う。
(NHKウイークリーステラ 2021年6月18日号より)
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。