まもなく最終回を迎える「17才の帝国」。ヒットアニメの脚本家や民放連ドラのプロデューサーがチームに名を連ねる異色ドラマだ。NHKの「君の声が聴きたい」キャンペーンに参加する番組でもあるが、全5話のうちの4話までの放送では、残念ながら視聴率は芳しくない。ただし視聴率全体ではなく特定層の数字をみると、同ドラマが開拓した視聴者層は確実に存在する。若年層の掘り起こしをねらった春の大改編の中で、どんな爪痕を残したのかを考えてみた。
男女年層別個人視聴率
NHK総合は、はっきり言って高齢チャンネルと化している。例えば看板番組の「ニュース7」は、個人視聴率全体では5%を超え、同時間のトップクラスだ。ところがT~1層(13~34歳)の若者に限定すると、1%ほどで同時間帯の最下位グループになってしまう。65歳以上の率と比較すると、15分の1しかない(以上はスイッチメディア関東地区データから)。では同じ時期に放送された山下智久主演「正直不動産」と「17才の帝国」を比べてみよう。
さすが山ピーの人気と実力だろうか。個人視聴率では前者が1.6倍と圧倒した。ただし男女年層別個人視聴率をつぶさに見ると、全体の数字を押し上げたのは中高年であることがわかる。特に65歳以上では2倍近い差ができている。
「ニュース7」の65歳以上17%台には遠く及ばない。また大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の15~16%からも大きく下がる。夜10時台は起きている高齢者が少ないこともあるが、「正直不動産」の5%ほどに比べ、「17才の帝国」は2.6%しかなく個人視聴率全体を押し下げてしまった。
それでも「17才の帝国」が上回った層があった。若い男性層だ。MT(男性13~19歳)では1.5倍以上、M1(男性20~34歳)でも1.4倍に及んだ。もともと若年男性はテレビ離れが顕著な層だ。この層を振り向かせたのは評価に値する。
特定層での実績
スイッチメディアのデータは、男女年層別にとどまらない。さらに細かな特定層の個人視聴率を調べることが可能だ。例えばT~1層に限定し、「女子高生」「バラエティ番組好き」や、さらに「享楽系(生活を楽しみたい・服装に気を使っているなど)」「意識高い系(地域活動・省エネ・ボランティアなどを実践)」などの数字も割り出せる。
これによるとT~1層全体では、「正直不動産」が「17才の帝国」の1.26倍高かった。女子高生では27倍と大差。ほかのバラエティ好き・テレビドラマ好き・芸能人に興味有などの層でも「正直不動産」が圧倒した。エンタメとして惹きつけられる度合いに差があったと言わざるを得ない。
それでも若年男性で「17才の帝国」が上を行ったように、健闘した層があった。「政治に興味有」「経済ビジネスに興味有」層であり、「意識高い系」で上回ったのである。
同ドラマの舞台は、斜陽となった202X年の日本。日本の窮状を打破すべく、「Utopi-AI」構想の下、AIよって選出された若きリーダーたちが地方都市を未来都市へと変貌させようとする青春SFエンターテインメントだ。
AIは1人が到底経験しえない膨大な量のデータを持つ。その助言を得て、経験でゆがめられていない17才の実験都市首相(神尾楓珠)が、理想の社会を構築しようと奮闘する。
そこに総理補佐官となった女子高生(山田杏奈)、エリート政治家のプロジェクト・マネージャー(星野源)、改革派の急先鋒・財務経済大臣(河合優実)、新しい文化都市の創造を夢見る厚生文化大臣(望月歩)、内閣総理大臣の孫で新旧の考え方の狭間で苦悩する環境開発大臣(染谷将太)などが絡み、新しい政治や地方都市の可能性を視聴者に考えさせる番組だ。
人類は長年にわたり議会制民主主義でやってきた。
ところがITデジタルの時代になり、直接民主制の可能性が出てきた。熟慮型の世論調査を毎日行うことも可能になってきた。議論すべき計画案も、AIにより何通りも瞬時に出せる。
こうした近未来に実現しそうな要素を散りばめて物語は展開するためか、特定層が反応し、NHKは新たな視聴者層の開拓に少しだけ前進したようだ。
番組の届かなかった点
ただし挑戦には、足りない部分もあった。同ドラマの制作陣には、数多くのヒットアニメを手掛けた吉田玲子が脚本を担当し、民放で「カルテット」「大豆田とわ子と三人の元夫」を制作した佐野亜裕美プロデューサーが加わった。
NHKとしては異例の制作体制だったのである。
ところがT~1層の「アニメ・ゲーム好き」層はあまり反応していない。「バラエティ好き」「テレビドラマ好き」も、「正直不動産」に大きく水をあけられた。
青春SF物語としてユニークだったが、政治や社会に対する主張が色濃かったために、エンターテインメント色がやや弱く、結果としてT~1層にとって敷居が高いドラマとなってしまったようだ。
優れたドラマは、娯楽性・時代性・普遍性が必要と言われる。「17才の帝国」には、十分に機能しない現代の日本政治を相対化する時代性と、改革を志す新世代と守旧派旧世代との葛藤という普遍性は申し分なかった。
ところがNHKの外から参加した才能が、NHKに忖度したのか、NHK的偏差値の高さをそのまま出してしまった感がある。普通の若者が食いつくような娯楽性がもう少しあれば、大切なメッセージがもっと届いたのではと残念でならない。
いずれにしても、テレビ離れが目立つ若年層でもリーチ可能であることを同ドラマは証明した。それを拡大し、意味のあるメッセージをより多くの人々に届ける工夫と努力の方向性が見えてきた。
公共メディアとしての新たな挑戦の行方を楽しみに見守りたい。
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。