4月からレギュラー放送が始まった「漫画家イエナガの複雑社会を超定義」。斬新で面白いと評判だ。
俳優の町田啓太さんが、若手漫画家イエナガ(家長カズヒロ)を演じ、毎回、現代の「複雑社会」を理解する上でのキーワードについて、橋本マナミさんが演じる編集者の山根未来にプレゼンする。
熱くて濃いトークを通して、なんとか、新作マンガの企画を通そうとするのだけれども......毎回、どこか天然のところがある山根の心がどこかに飛んでいってしまって、連載が決まらない。
この番組の成功の要因は、まずは何よりもそのユニークな設定だろう。架空の人気マンガ雑誌が並び、「アニメ化決定!」というようなポスターが貼られた部屋で、イエナガが企画をプレゼンするという構図がいい。イエナガと山根のやりとり自体がよくできたコメディー漫画のようで、これからの展開が気になる。
イエナガが熱く語るのは、暗号資産(仮想通貨)や、AI(人工知能)、メタバースなど、多くの人が関心を持つ、しかしなかなか理解できない今日の「複雑社会」の象徴たち。山根との冒頭のやり取りが終わると、いよいよプレゼンが始まるが、その密度と表現が圧巻だ。
通常のNHKの語りのスピードに比べると、「1.5倍速」とも言われるイエナガの「立て板に水」の長せりふ。ついこんがらがってしまいそうな伏線や歴史的な経緯を、わかりやすく伝えるのはさすがだ。
注目すべきは、漫画的手法を駆使したその映像表現。「流行のマインドフルネスを超速解説の巻」(5月13日放送)の回では、ブームのきっかけをつくったマサチューセッツ大学教授のジョン・カバット・ジンや、グーグルがマインドフルネスを取り入れるのに貢献した同社のエンジニア、チャディー・メン・タンらの努力の軌跡を、劇画的手法を用いてわかりやすく表現していた。
「車の完全自動運転が生活を変える!?の巻」(5月20日放送)の回では、日本の漫画の表現に加えて、ところどころにアメコミ風の絵を取り入れるなど、広がりと奥行きのあるヴィジュアルで「複雑社会」を説明していた。
漫画は日本で発達して世界的に広がった文化だが、近年、そのフォーマットが激変している。とりわけ、スマートフォンで表示しやすい「縦読み」の作品が登場し、カラー化や動画表現なども当然のことになっている。
「漫画家イエナガの複雑社会を超定義」は、そんな漫画をとりまく環境変化とも連動して、まさに今の「旬」の番組フォーマットだと言える。そこには、「このようにして放送文化は更新されていくのだなあ」という新鮮な気づき、そして感動がある。
内容は緻密で、情報量も多い。リサーチを担当している方や、ファクトチェックをする方のご苦労がしのばれる。「マインドフルネス」の効用を解説する一方で、ブームの安易な行き過ぎに対する警鐘を鳴らすなど、すぐれたエンタメであると同時に公共放送らしいエビデンスの確認にも目が行き届いている。
過去のNHKニュースなど、豊富な映像資料も駆使して、本質に迫る濃い情報表現が実現しているこの番組のこれからの展開が楽しみだ。金曜の午後11時台に登場した斬新な試みに拍手を送る。
果たして、漫画家イエナガは敏腕編集者山根の心をつかんで新作の企画を通すことができるのか? コメディー・ドラマとしての行く末にも注目したい。
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。