前回のエッセイで「記憶に残り何度も何度も繰り返し観てもらえるものが作りたい」と書いたのですが、そういう欲求があるのは、私自身が気に入ったものを何度も気が済むまでリピートして考えるのが好きだからかもしれません。
最近よくリピートしているのが昨年末に放送されたNHKスペシャル「海獣のいる海 あるトド撃ちの生涯」。半世紀以上にわたり、大型の海獣・トドの駆除を続けてきた伝説のトド猟師・俵静夫さんの最期の数か月に密着した作品です。
(番組ホームページはこちら ※ステラnetを離れます)
北海道・礼文島の海で自身と島の人々の生活を守る為にトドを駆除してきた俵さんを中心に、同じく駆除に携わる漁師たち、彼を知る人々の言葉を紡いで、本編は続いていきます。
ドキュメンタリーを通じて「命を奪う」という行為について、俵さんは様々な角度から向き合い続けていることが浮かび上がってきます。

俵さんがトド漁に使用する弾は一日三発まで。
しかも狙うのは脊髄(トドの耳のあたり)で、その部分を撃てないと判断する際は一発も撃たずに仕留めずに帰ることもあります。それはなるべくトドが苦しまないように、俵さんができる唯一のことなのでしょう。
仕留めたトドを解体して無駄にすることのないように住民に肉を配り、頭や胃袋を研究機関に送って30年近くトドの調査研究に協力する姿がドキュメンタリーでは描かれていきます(脊髄を一発で仕留めている為、傷が少なく綺麗な標本が作れるそうです)。
ドキュメンタリーの中で、私が観る度に良くも悪くも心を揺さぶられる場面があります。
それは命を奪ったトドの身体にいた胎児を俵さんが剥製にして大切に保存して、時に表にだして毛並みを整えて供養し続けていることです。
剥製して供養するという発想に驚き、正直に言えばその行為への戸惑いも非常にあります(剥製にする行為と供養が私の中で完全に結びつかない)。
しかし半世紀以上もトド撃ちを続けている中でも、命を奪うことに鈍感にならず、その重さと向き合い続ける誠実さに圧倒されてしまうのです。
これはきっと命を直接奪う役目を背負った俵さんにしか導け出せない答えなのだと思います。とにかく観る時々により、抱く感情が正反対になるシーンです。
そのシーンの後で、俵さんは「かつて島で起きたある出来事」をきっかけに、ある感情が強くなったと話してくれるのです。それが冒頭で選ばせてもらった言葉です。
トドであっても何であっても命とるのは眠るごとくとりたい
その出来事自体も「それ俵さんが怒られることなのか……」と非常にモヤモヤしてしまうものなのですが、そこから俵さんが(きっと長い時間をかけて)導き出した答えがこれであることに感銘をうけてしまいます。

番組の中では「トド撃ちの仕事も時代と共に変化をし続けていくこと」や「それはすべて人間のせいであること」が真摯に描かれます。
そしてトド猟について知った見知らぬ人から「命を奪うな」というご意見や電話がくることもあるそうです。すべてが人間目線のエゴであるという前提ですが、トドを駆除するのは、猟師がしかけた網を破り、トドと人間が魚を奪い合ってしまうからであり、漁師たちの生活や商売の為です。殺したくて殺している訳ではない……でも誰かがやらなければいけない仕事だからやる。でも命を奪うことに鈍感にならずにいる俵さんは(少なくとも私の目からは)命を奪う行為をする上で向き合うべきことから目を逸らすことなく「自分の責任と義務を負うこと」を有言実行しているようにみえました。

トドを狩るという行為を「人間目線の正当性でありエゴ」と断罪するのは簡単なことです。人間が自然と共存することを考えるならば、まずは折れるべきは人間サイドであることは間違いないです。
でも、トドが海に居ても居なくても生活に支障のない私がそれを容易に口にすることは違います。島民の方の生活に直結する問題を前に、その人生を全否定するのは違います。そのうえで、だから何もかも許されて目をつぶるべきというのもまた違います(そうして欲しいと島民の方も思っているわけではないことは番組を見れば分かります)。全てが違い、全てが正しいから、即効性のある答えや道がないのです。
綺麗ごとと現実を前に私自身も時々、どちらかに偏りすぎてしまうことがあります。ですが、何かが良い方向に動く時は、綺麗ごとと現実の両輪がうまく作用しあった時です。
自分が作品を作るうえでも、そのバランスを大切にしたいですし、俵さんのように「自分の責任と義務を負うこと」から逃げたくない。そして、そこから目を逸らして胡坐をかいている人たちの心も少しでも動かせるようなものを作りたいです。そんな気持ちから、私は今日も俵さんのドキュメンタリーを再生するのかもしれません。
(NHKオンデマンドで配信中 ※ステラnetを離れます)
1987年生まれ、神奈川県出身。脚本家・小説家として活躍。主な執筆作品は、「DASADA」「声春っ!」(日本テレビ系)、「花のち晴れ~花男 Next Season」「Heaven?~ご苦楽レストラン」「君の花になる」(TBS系)、映画『ヒロイン失格』、『センセイ君主』など。NHK「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞を受賞。