口は悪いが、パン作りの腕は確かな「風来坊のパン職人」屋村草吉。のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)を長く見守ってきた彼は、2人の人生にも多大な影響を与えてきた。戦争を一貫して拒絶していた草吉を、演じている阿部サダヲはどのようにとらえていたのか? 嵩やのぶに対する思いを含め、草吉の人物像について阿部に話を聞いた。
草吉は、愛情に飢えている人だった
――草吉は以前から戦争や軍に対する嫌悪感を隠そうとしていませんでしたが、今回、釜次(吉田鋼太郎)との会話の中で驚くべき過去が明らかになりました。このことは、最初から念頭に置いて役作りをされていたのでしょうか?
撮影が始まったときはまだ仮の台本で、具体的にどういうシーンに仕上がるかまでは見えていませんでしたが、草吉の過去については、もちろん把握していました。かつては地獄のような戦場にいて、自分の前で死んでいく人たちを目の当たりにしてきたと……。
だから、豪(細田佳央太)が出征するときの壮行会がお祝いみたいな雰囲気になっていたことに納得がいかず、声を荒げました。決して「おめでとう」なんかじゃない。実際はものすごく悲しいことなんだと。生きて帰ってくることが恥ずかしい、という時代だから、戦争反対なんて絶対に口に出せなかったけれど、彼と同じように戦争を嫌悪する人が日本のどこかにいたと思うんですよね。いや、誰もが心の中では思っていたこと、なのかもしれません。

――それでも草吉は朝田家のことを考え、陸軍に納入する乾パンを作りました。心の中で、さまざまな思いが交錯していたのでは?
口は悪いし、冷たそうにも見えるけど、結局、誰かを助けたくなってしまう人、頼まれたら断れない人なんだろうなと思います。もしかしたら、銀座のパン屋で働いていたときも、それが嫌になっちゃったのかもしれない。組織の中にいるのが嫌になったのに、それでも人のことが好きなんだろうな、すごく興味があるんじゃないかなという気がします。
――物語の中で、草吉の見え方がどんどん変わってきたように感じています。
前半のほうは「なんだかわからない人」でいたほうがいいと思っていました。こういう髪型で「ヤムおんちゃん」って呼ばれているから、まあジャムおじさんなんだろうな、ということはわかっていただいただろうし。
彼のバックボーンは語られてこなかったけれど、人の死や絶望することについての発言は結構あったので、それをすごく感じてきた人だということは伝わっていたのではないかと思います。「諦め」のある人であり、愛情に飢えていた人なんだ、と。だって、口では「風来坊だ」と言いながら、結局、朝田家に10年以上居ましたからね(笑)。

――のぶが次郎(中島歩)と祝言を挙げた際に、家族写真を草吉が撮影していましたが、風来坊の草吉は、その時、何を感じていたと思いますか?
前半では、ご飯を一緒に食べようと誘われても、「いや、いい」と言って、食卓には絶対入ろうとしなかった。それが祝言の家族写真を撮ってあげるところまできたのは、朝田家の力が大きいと思います。心の底では優しさに触れたいと思っている草吉が、いつも明るく過ごす朝田家に影響されて、そこから変わっていった。けれども、そういう優しさに触れてしまったからこそ 、またいなくなってしまったのかもしれないですね。自分自身とのせめぎあいがあったでしょうけど、争いごとは本当に嫌いなので。
草吉の言葉以外にも好きなセリフがたくさんあります

――悩んでいる嵩に「自分のために生きろ」と語りかけるなど、ときに草吉は相手を気遣う言葉を口にしてきたと思うのですが……?
僕もそう思いますね。いいセリフを言えるのは草吉がいろいろ揉まれてきた人だから、という気がします。嵩が「何のために生まれてきたのか」と悩み、そう口にしたときに、草吉自身も感じるところがあっただろうし。
やなせたかしさんが残したいい言葉がドラマの中にちょこちょこ出てくるのがいいなと思っています。「絶望の隣は希望だ」というのは、すごく好きなセリフです。
――そういえば、連続テレビ小説出演は久しぶりになりますね。
いつぶりかな? 「こころ」(2003年前期放送)以来か……。あのときとは全然違いますね。年もとっているし。そろそろ“朝ドラ”でお父さんもできる年齢になってきたかな、と思っているときに「あんぱん」のお話をいただいて、それがまた風来坊な人という面白い役をいただいたので、すごくやりがいがあるな、と感じています。
“朝ドラ”って、その都度話題になるし、見ている人が多いと実感できるじゃないですか。「こころ」をやっていたときも、街を歩くといろんな人が役名で呼んでくれていたから、今回もそういうふうになったらいいな、と思います。なかなかないですよ、役名で呼ばれることって。

――スタジオの雰囲気も教えていただけますか? 少し前に別のドラマで親子役を演じられた(蘭子役の)河合優実さんもいらっしゃいますが。
そうですね。明るいですよ、皆さん。面白いし。子ども時代を演じた子たちもすごく明るかったです。おしゃべりな人たちを集めているのかなって思うくらい。(笑)
朝田家のメンバーは生まれた地域も結構バラバラだけれど、撮影現場が楽しくて、くらさん(浅田美代子さん)がその雰囲気を作ってくださっていることが多いと感じます。くらさんって、可愛げのあるお婆様ですからね。それが、すごく浅田さんのキャラクターに合っています。
皆さんリハーサルのとき、土佐ことばを確認するために、指導の方が録音した音声をイヤホンで聞いていたのですが、浅田さんはワイヤレスイヤホンの軸の部分を耳に挿していらして(笑)。だから、くらさんの耳から外に向けて、指導の方の声が流れたんですよ。そういう姿を見ると、こちらも楽しくなりますよね。
草吉はずっとのぶを見守っている……

――草吉は、特に嵩に対して親身になっていた印象を受けました。
草吉が「ひとりでいるのも悪くないんじゃないか」と言ったり、嵩に向けていいセリフを言うことが多いですよね。ひとりぼっちでいることにシンパシーを感じていたのでしょうね。
嵩の父親は早くに亡くなっているし、草吉も戦地で死に別れた人がいるから、「こいつ、ちょっと似ているな」と感じるところがあったんだろうなと思いました。ドラマの最初のほうで、川辺で会う場面とか、ひとりぼっちの感じが似ているというか。だから、嵩のことが好きなんでしょうね。気になってしょうがないんだろうな、という感じがしますね。
――のぶと嵩の関係を、草吉はどのように見ていたと思いますか?
のぶと嵩は好き同士なんだろうと、周りのみんなが感じていたのに、のぶは次郎さんに嫁いだわけですよね。草吉は嵩に対して「思っていることを、全部言えばいいのに」と思っていたんじゃないかな。のぶほど嵩のことを考え、正面から向かってきてくれる人は、いないですから。だけど、嵩は自分の気持ちをなかなか言えないんですよね……。嵩だからなぁ。

――のぶのことを、草吉はどんなふうに見ていたと思いますか?
釜次に対して語っていましたが、草吉が10年もの間、朝田家と関わってきたのは、「おさらばらあて、いやや」というのぶの言葉がきっかけでもあったんですよね。ずっとのぶを見守っていて、受験のときにも合格あんぱんを持たせていたし、すごく心配していたんじゃないでしょうか。だから、彼女が「愛国の鑑」として子どもたちを教育したり、お見合いをしたりすることに対しては、そうじゃないぞ、という思いを持っていたと思いますね。
「あんぱん」の根っこには愛があふれている

――「あんぱん」のモデルになっている、やなせたかしさんと奥様の暢さんについて、どう思われますか。
やなせさんが生んだアンパンマンのことは知っていました。けど、やなせさんに漫画家として売れてない時代があって、それを暢さんが支えていたことは、知りませんでした。だから、台本を読んでいても「早く結婚しないかな、この2人」って思っちゃうんですよね(笑)。アンパンマンが大人気になるまで、なかなか険しい道のりですよね。でも、そこが興味深いところだと思います。
――確かに、アンパンマンがヒットした後のことはよく知られていますね。
売れてからのことはみんな知っているから、描く必要はないのでしょうけれど、「そういう生い立ちだったんだ」ということは、改めて思いました。アンパンマンって、面白い話ですよね。「自分の顔を食べさせるって、すごい話だな」と、最初は怖いぐらいの印象もありました。それが、子どもが絶対通るキャラクターになっているのは、そこに優しさがいっぱい詰まっているお話だから、ということなんでしょうね。
ばいきんまんとも、争いごとはするけど、結局、仲がいいですもんね。あれ、敵とは言わないのかな。ずっと兄弟げんかみたいな感じのことをやっていて、誰も不幸にはならないんですよね。それが不思議で、面白い。メッセージ性もすごくあるし。
――その世界に通じるものが「あんぱん」にも感じられますか?
そうですね。戦争の時代が始まって重い話が続いているけれども、どこかに明るさもあるんですよ。根っこの部分が、すごく優しいというか。愛にあふれている作品だからいいんだろうな、と思いますね。嵩とのぶとの関係もすごく魅力的ですし、優しい気持ちになります。
僕が演じている草吉や、石屋を営んでいる朝田家の人々は架空の設定ではありますが、アンパンマンの世界が生み出されることになるのは、嵩とのぶのことを周囲の人たちが優しく包み込んでいたから、という気がしています。