今週から嵩(北村匠海)が通うことになった東京高等芸術学校・図案科の教師である座間晴斗。嵩にとっては、絵のみならず、生き方や人生の指針を教えてくれる恩師となる。

演じるのは、アニメ「それいけ!アンパンマン」でめいけんチーズをはじめ、カバおくん、かまめしどん、2代目ジャムおじさんなどの声を務めてきた声優の山寺宏一。嵩のモデルであるやなせたかし本人にも会ったことがあるという山寺に、このドラマへの思いを聞いた。


「お前ら、銀座に行け」の真意は、「心を自由に」というメッセージ

──「あんぱん」出演のオファーを受けたとき、どんなお気持ちでしたか?

うれしかったですね……! やなせたかし先生と奥様をモデルとした朝ドラが作られると聞いて、本当にすごいことだと思ったんですよ。そして、声だけでもいいから関われたらいいなと。だから、実際にお声をかけていただけるまで、ずっとソワソワしていました(笑)。

僕が演じる座間晴斗という役は、やなせ先生の実際の恩師で、その後の人生に大きな影響を与えた杉山豊桔さんという方がモデル。やなせ先生もご著書の中で、「自由であること、既成概念にとらわれないことを説いてくれた先生」だと書かれています。そんな人の役を演じられることは喜びと同時に、「僕で大丈夫か?」と恐縮もしましたね。

そして実際に台本を読んだら、中園ミホさんの力で、その人物像や魅力がさらに深掘りされているのもわかって、すごくうれしかったです。

──芸術学校の入学初日に、座間先生は嵩に声をかけますね。嵩の第一印象はどんなものだったのでしょうか?

嵩はどちらかというと内向的な性格で、目立つ方ではない。たぶん座間先生も、彼のことは田舎の香りというか、いもっぽさを漂わせている青年だなと思ったんでしょうね。でも、その奥に、何か気になる人間性みたいなものを感じたのかな。それで、「君は将来何になりたい?」と声をかけたんだと思います。

──座間先生の印象的な言葉に「机で学ぶことは何もない。お前ら、銀座に行け」というものがありました。山寺さんはどう感じましたか?

あの「銀座に行け」は、やなせ先生が実際に杉山先生から言われた言葉なんですよ。図案、つまりデザインは時代の最先端でなくてはいけない。で、時代の最先端といえば銀座です。銀座なんてすぐ近くにあるのに行かないでどうする、とけしかけられたのだそうです

ただね、杉山先生は「机で学ぶことは何もない」とまでは言ってない(笑)。「あまり机にかじりついているとろくな作品はできない」くらいのものだったようです。だって、全く学校に行かなかったら確実に落第ですからね。だから、あれはドラマならではの演出です(笑)。

つまりですね、あの言葉で伝えたかったのは「心を教室から解放して自由に」ということでしょう。入学初日でカチコチになっている学生たちの心をほぐすための、座間先生なりの優しさなんです。

やなせ先生のご著書によると、同じく入学初日に、杉山先生はこうもおっしゃったとか。

「諸君は既に紳士である。自由に責任を持って行動してほしい」──すてきな言葉ですよね。だから、僕、もしアドリブを言う隙があったら、これを言おうとずっと考えていたんですよ。でも、結局、当日はいっぱいいっぱいで言えずじまい。イメトレは十分だったのに、悔しかったですね〜。でも、この「自由に責任を持つ」。セリフにこそありませんが、座間先生を演じる上で大切にしている考え方です。

──座間先生の教えは、その後の嵩にどのような影響を与えていくのでしょうか?

まずは銀座に行き、世の中を「心」と「体」で感じて来ることを覚えます。これによって嵩は自分の殻を破り、自由を知ることができるようになっていく。また、座間先生の姿から、“自分の意見”や“大切なもの”をしっかりと胸に抱えて生きていくことの大切さを学んでいきます。この先の見どころです。ぜひ注目していただきたいですね。

逆に座間先生のほうも、嵩が作品に向き合う姿勢から感じるものがあったり……。これは演じる北村匠海くんから感じられるものでもあって、きっと皆さんもハッとするシーンがあると思います。ぜひ楽しみにしていてほしいです。


「人生は喜ばせごっこ」という考え方で、僕も生きていきたい

──ご自身が声優として声をあてているキャラクターの生みの親であるやなせたかしさん。山寺さんから見て、どんな方でしたか?

「アンパンマン」のアニメ放送が始まった当時、僕はデビュー3年目の新人。原作者であるやなせ先生にお会いしたときは、とてもとても緊張したのを覚えています。そんな僕にも気さくに声をかけてくださる、優しい方でした。イベントではよくステージにも立たれていて、そうなるともう、先生の独壇場。先生主催のパーティーなんかも本当に楽しくて、とにかくみんなのために何ができるのか考えてらっしゃるのが、すごく伝わってくるんです。そのバイタリティやサービス精神……やなせイズムとでも言いましょうか、それがアニメのスタッフにも浸透している。第5週のタイトルでもある「人生は喜ばせごっこ」……これはやなせ先生の言葉ですが、そういう考え方で僕も生きていきたい。そう思いながら、いつも作品に向き合ってきました。

──そんな“やなせイズム”や「アンパンマン」の物語の魅力を届けるために、スタッフや声優のみなさんで心掛けてきたことはありますか?

「アンパンマン」の魅力っていうのは、本当に不思議ですね。初めて絵本を読んだときは驚きました。あんなに可愛かわいいキャラクターが、自分の顔をちぎって食べさせる……ぶっ飛んでるなと(笑)。で、その魅力に取りつかれてしまう。まだ言葉もはっきりわからない子どもからも、これだけ長く愛され続けているというのは、本当にすごいことです。

先生がいつもおっしゃっていたのは、「子どもを子ども扱いするな」ということ。たとえば台本は、子どもにわからないのではないか? ではなく、あくまで大人目線で伝わりづらいところがないか確認して、もし気になるところがあったら一度みんなで相談をする。大人子ども関係なく、先生がお書きになった素敵すてきな言葉や大事なセリフ、各回のメッセージをちゃんと伝えようという気持ちを大切にしていますね。

──特に印象に残っているセリフなどありますか?

いちばん印象に残っているのは、初代ジャムおじさんの声をやっていた増岡弘さんから引き継いだジャムおじさんのセリフです。

「なぜパンを作り続けるのか?」という質問に対して、ジャムおじさんは言うんです。「ひもじい思いをしている人に、おいしくパンを食べてほしいから」──これは本当にやなせ先生の生き方そのものだし、作品の原点となる考え方。このセリフは本当に大事なものだと思いますし、アニメを見てくださる皆さんにちゃんと伝えなくてはという強い気持ちで演じました。

あ、でも、カバおの時はちょっと違うかな。出演者をいかに笑わせるかということだけ考えていますね(笑)。

──山寺さんが「あんぱん」という作品に期待している部分、楽しみにしている部分はどういったところなのでしょうか?

それはもう、たくさんありますよ! まずは、この作品が皆さんを明るい気持ちにさせるものになってほしい。「あんぱん」を見たいから朝スッキリ起きられたとか、見て元気になれたとか……そういう存在になってほしいですし、なると思います。

僕、台本を読んですごく笑ったし、感動して泣いたんですよ。今でも毎日、世界は大きく変動していますが、やなせ先生たちが生きた戦前から戦後にかけての時代の変化というのは、戦争体験も含めて、本当に壮絶なものだったと思います。そういう部分を今に照らし合わせて、皆さんにはいろいろなことを感じ取ってもらいたいです。

そして最終的には、「アンパンマンのマーチ」にある「何のために生まれて、何をして生きるのか」……日々悩んで生きている人々のヒントになるのではないかと。このドラマを見たら、ちょっとでも答えに近づくことができるのではないかと、期待しています。