NHK財団では、情報空間の課題の解決方法や、一人ひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集し、社会実装に向けての取り組みを進めています。
(詳しくは財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスアワード」をご覧ください)※ステラnetを離れます
西日本新聞社編集局報道センター総合デスクの坂本信博さんは、昨年の「インフォメーション・ヘルスアワード」から応募作品の選考に参加しています。
地方新聞が、市民の身近な情報源としてこれまで以上に必要とされるには、どうしたらいいのか。西日本新聞社の取り組みのひとつ、「あなたの特命取材班(以下“あな特”)」について聞きました。
「あな特」がもたらした新しい価値判断
――2020年放送の「クローズアップ現代+『もしも身近な情報がなくなると…“ニュース砂漠”の衝撃!』」でも注目された「あな特」について教えてください。
「あな特」は2018年1月からスタートした企画で、最初は社会部だけの取り組みでした。それが予想以上の反響があり、8月からは編集局全体に取り組みを広げました。
新聞離れが進み、読者が新聞をやめたり、記者も新聞の未来に不安を感じて他業種に転職したりすることが起きていて、どう対応すべきかと考えました。
そこで、もう一度新聞の原点に立ち返り、読者の「知りたい」に答える行動しようと。
まもなく創刊150年を迎える西日本新聞社の原点は明治10(1877)年の西南戦争です。西郷軍が北上しているという情報を聞いた人々が戦況を知りたいと声を上げ、現地にリポートしに行ったことがきっかけで生まれたのが筑紫新聞で、これが我が社の源流です。
元々は読者の「知りたい」に答えることが源流だったのですが、いつの間にか「知らせたいこと」や「知るべきだと思うこと」への比重が重くなりすぎたのではないかと感じました。そこで、まずは読者の「知りたいこと」や「困っていること」に耳を傾け、読者と双方向のやり取りを通じて課題を解決し、疑問を解消していこうと。
読者から寄せられた課題に対して、まずはここに行き、その次にここに行くというように、課題の解決過程を可視化することで、信頼回復にもつながるのではないかと考えました。読者の「知りたい」に答えることと、過程を可視化することにこだわって始めたのが「あなたの特命取材班」です。
(西日本新聞「あなたの特命取材班」公式ページはこちら)※ステラnetを離れます
――この企画を進めて7年。紙面作りにも影響はありましたか。
何かが分かったとか、不正の追求も重要ですが、こういう問題に困っている人がいる、こういうことを疑問に思っている人がいるということだけでも大きなニュースになります。
例えば、ベランダでタバコの煙に困っている人がいるということを知らせるだけでも、タバコを吸う人が「この煙が他の人に迷惑をかけているかもしれない」と気づくことになったり、一人で悶々と悩んでいた人が「悩んでいるのは自分だけじゃなかった」と思えるようになったりします。
実際に新聞作りが変わっていき、それまでだったら地方版にも載らなかったような話が朝刊の一面になることもあり、価値判断が大きく変わってきたと感じています。
「あな特」を始めてからは、その背景にいる有権者や市民を決して軽視できないという認識が広まったように感じます。我々を支持してくれる読者がいて、その読者に応えることが取材の持続可能性にもつながるのだと気づかされました。

攻める選挙報道で情報の公平性を守りたい
――昨年は「SNS選挙元年」とも言われ、SNSが選挙に大きな影響を与えた年でした。先日の福岡県知事選の報道で意識されたことはありましたか?
3月に行われた福岡県知事選では、4人の候補者が出ましたが、そのうち1人はインターネット上でしか選挙活動をしないという候補者で、従来とは異なる形で選挙活動が行われました。兵庫県知事選や千葉県知事選のような特定の候補に対するバッシングはありませんでしたが、候補者があまり表に出てこず、SNSだけで政策アピールをするという状況になりました。
このような状況に対して、報道機関として何をすべきか社内で議論がありました。例えば、80問のアンケートを候補者に送って回答を得て、それを新聞紙面だけでなくウェブサイトで公開する、選挙関連の民間団体と連携してボートマッチを行うなどの取り組みを行いました。
これまでのように候補者の主張や広報内容を伝えるだけでなく、候補者がどんな人なのか、どんな政策を目指しているのかを掘り起こして伝えることを行いました。夏には参院選も控えているため、今後の選挙報道のあり方について議論を続けています。
情報の公平性や新しい選挙報道のあり方について、これまで公職選挙法の規定を拡大解釈しすぎていたのではないかという反省があり、伝えるべきことを伝え、ファクトチェックを行うなど、攻める選挙報道のあり方を模索しています。自社だけで対処するのが難しい部分もあるため、民間のファクトチェック団体と連携して何かできるのではないかと考えています。
――放送や新聞は「隠している」というSNSでの意見も見られます。
一般論として新聞と放送はオールドメディアと括られ、何か隠しているように感じる人もいるかもしれません。それに対して我々としては、取材過程の可視化などを含めて取り組んでいかなければならないと感じています。
メディア・リテラシーを高める取り組みなどで、学校を訪れる機会があるのですが、SNSで出てくるニュースの多くは、元をたどると新聞やテレビの報道だったということに気づく児童生徒が多いです。
逆に、SNS選挙やフィルターバブルが社会問題になる中で、むしろ新聞が“頼りになる報道機関”として本領を発揮する時が来るのではないかと思っています。
実際に客観的な中立報道というものは存在しません。それぞれのニュースの価値判断や出し方には何らかの意思が込められています。その上で、中立や公平な報道を心がける意味はあります。また、受け手の方も、どう情報を読み取るかという能力が必要なのです。

マイノリティの声を届け 社会の改善につなげたい
――坂本さんが記者になられたきっかけは?
子どもの頃、身近な人が偏見で苦しんでいるのを目撃したことがきっかけで、マイノリティや生きづらさを抱えている人、社会的偏見にさらされている人の誤解を解く仕事をしたいと思うようになりました。
外交官を目指したこともありましたが、色々な場所や分野でマイノリティと言われる人の声を届け、それを社会の改善につなげる役割ができるのは新聞記者やメディアの仕事だと思うようになり、それがライフワークになりました。
教育担当の記者だった時は発達障害の子どもたち、医療担当だった時は難病の方、中国担当だった時は少数民族の人権抑圧など、ずっとテーマにしてきました。
2016年から、外国人労働者との共生を考えるキャンペーン報道を立ち上げ、今も続けています。福岡はアジアに近いため、外国人労働者とどううまく共生していくかを考えることも我々の役目だと思っています。
――これから、取り組んでいきたいことは
もともと調査報道に関心があって、OSINT(オシント=オープン・ソース・インテリジェンス)など、公共のデータを活用してニュースを掘り起こすことに注目し、地域や社会を良くするために地に足をつけたデータ報道にこだわりたいと思っています。
同じような取り組みをする各地の新聞社やローカルメディアで、JOD(ジャーナリズム・オンデマンド)パートナーシップというネットワークを作って連携しています。これは、「課題解決型調査報道」や「伴走型調査報道」という意味です。
各社の記者やデスクに呼びかけて、ローカルジャーナリズムのデータ報道を浸透させる記者塾を4月から始める予定です。お互いに学びながら、我々の身の丈に合ったデータ報道を進めていきたいと思っています。

(動画リンクhttps://www.media-literacy-nhkfdn.jp/#2024-movieLink)※ステラnetを離れます
取材課程の可視化とインフォメーション・ヘルス(情報的健康)
――取材過程の可視化は、情報の信頼性にどのように影響すると思いますか?
取材過程の可視化を通して、情報の成り立ちを自分で確かめてみようという意識を醸成できれば、社会の「インフォメーション・ヘルス」の向上にもつながるのではないかと思います。
私もアワードの選考委員をさせていただく中で勉強したり、実際にいろんな応募作品を拝見したり、シンポジウムに参加する中で、「インフォメーション・ヘルス」という概念が必要な時代になっていると感じました。
昨年の兵庫県知事選やSNS、ネット空間でのやり取りを見ていても、数年前では考えられなかったようなことが起きていて、端的に言うと、情報の健全性や健康が不安定になっている、社会に損なわれているということだと思います。
情報空間をより良くし、少しでも課題を解決するためにどうしたらいいかを、色々な年代の方、特に若い方に柔軟に知恵を出していただき、お互いに学び合う場になるのではないかと思っています。「第3回インフォメーション・ヘルスアワード」にぜひ気軽に参加していただきたいです。
(取材・文:NHK財団 インフォメーション・ヘルスアワード事務局)
「第3回インフォメーション・ヘルスアワード」は6月16日(月)より募集を開始します。応募方法などの詳細は6月よりこちらの公式サイトでお知らせします(ステラnetを離れます)。
(お問い合わせはこちら)。