8年間、音信不通だった嵩(北村匠海)の母親・登美子が、夫と離縁したことで御免与町に戻り、再び柳井医院で暮らし始めた! 困惑する周囲の人々をよそに、嵩との距離を縮めてくる登美子の胸のうちは? 登美子を演じている松嶋菜々子の言葉で、登美子という女性の本質に迫っていく。
柳井嵩という人間に大きな影響を与えた母親なんだと思います

――奔放な行動で周囲を振り回している登美子ですが、彼女をどういう人物だと受け止め、演じるときにはどんなことを心がけていますか?
複雑な家庭環境で育ち、後にアンパンマンという作品を作り上げたやなせたかしさんの発想の源になっていた母親、良くも悪くもものすごく影響力のあった女性だったのだろうなと考えました。実際に話を聞いてみると、子どもを置いて家を出るなど、発想が人と違っていて、「母親」と聞いて普通に想像されるような女性ではないのかなと。
ただ、子どもを置いていなくなる母親だから、見るからに冷たそう、ではないところで演じていきたいなとは思っています。お芝居をしながらすごく複雑な心境になることもありますが、彼女の心の動きをできるだけ丁寧に表現できたらいいなと取り組んでいます。
これは難しいところなのですが、登美子の中には子どもに対する愛情はちゃんとある。一方で彼女自身が自分の人生について迷い、いろいろな葛藤を抱えていた、そこを理解してあげることが大事かなと思いました。

――第2週で、登美子に会いたがった千尋(平山正剛)のために嵩(木村優来)が訪ねてくるシーン、そのとき登美子は嵩に「ここには来ちゃいけない」と告げましたが、どんな気持ちで演じられたのでしょうか?
あのシーンはすごく迷って、どのぐらいの言葉の強さで語りかけるのか、ずっと悩んでいた部分ではありました。演出チームとも相談を重ねたのですが、そのうえでわかってきたのは、清(二宮和也)さんを早くに亡くしてしまったことで、自分の中にぽっかりと空いた穴をどうにも埋められずに外に愛情を求めていたというか、その穴を埋めるために自分のことで精一杯になっているというか……。
時代が時代なので、置いていくことで子どもたちがより幸せに暮らせるのならば、子どもにとって最良の選択でもあり、長い期間連絡を取らないことも、ある意味、その環境に早く馴染んでほしいという思いがあったのかもしれません。そういうことを想像しながら演じていました。

――そして8年後に突然嵩の前に現れ、登美子は嵩が医者になることを望んで、後押ししていましたね。
自分の息子ならできるはず、だって清さんの子どもだから、と信じる気持ちと、セリフにもありましたが、寛(竹野内豊)さんたちに「恩返ししますから」というのもあるし、その両方だったと思いますね。そうすることで自分の居心地をよくしたい、みたいな。
登美子さんがその場その場で口にしていることは全部本音。周りから見ると、ちょっと支離滅裂だったり、驚くようなことを言ったりするのかもしれないですが、常に自分の心のままに行動している人なんだと思います。
――劇中でも、登美子はのぶ(今田美桜)に責められたりもしています。演じていても、結構辛い気持ちになったりしませんか?
本当に、どういう反応をしていいのか……。私も、そういうことを言われて言葉を返さない人の感覚って、どうなんだろう? と思うけれど、やっぱり読めないですよね。とはいえ気持ちの整理って、全部が全部ついてなくてもいいのかな、とも思うんですよ。自分の行動が全部説明できなくてもいいんじゃないか、と。
あのときは、のぶちゃんに責められたことよりも、嵩が泣きながら「のぶちゃんは、母親に捨てられたことないだろ」と言っていて、“あ、捨てられたと感じていたんだ”という、そちらのほうが衝撃的だったので。登美子としては捨てたつもりはなかったんですよ。のぶちゃんに責められたことよりも、あの嵩の言葉は胸に刺さりました。
嵩には、父親を超える子になってほしい

――回想シーンでしか登場していませんが、亡き夫・清に対する思いは?
頼りがいがあって、優しくて、すごく寄りかかることができた旦那さんだったんじゃないかな、と思いました。だからこそ、嵩に対して「さすが、清さんの子どもね」「あなたならできるわ」と随所で言っていて、さらに期待してしまうというか、父を超える子になってほしいと気持ちが膨らんでいたように思うんですよね。
ただ、医者になってほしくて嵩に「勉強しなさい」と言いながらも、絵が評価されていたらそれも褒めていますよね。だから、どの分野で、じゃなく、何かに秀でている子に育ってほしい、という母親としての願いがあったと想像しています。

――息子である嵩役・北村さんに対する印象は?
北村さんのお母さん役は2度目で、前回とは、またちょっと違った役でご一緒できることを楽しみにしていました。すごく落ち着いている方で、常にどっしりと構えているので、本当に「こんな息子がいたらいいな、息子にほしいなぁ」と、いつも思っています。
千代子さんに対しては、勝手にライバル心を持って

――養子に出した息子の千尋(中沢元紀)を千代子(戸田菜穂)が育ててきたことで、登美子と千代子の関係性も微妙なところがありますよね? ちょっとしたライバル心というか。
養子に出したので、(千尋を)あげたのだけれど、心の中では、実の母で「産んだのは私だから」という、ちょっとしたジェラシーみたいなものがあったり、というところですね。
やはり登美子は、自分が子どもたちに対して信じていることや、期待していることに絶対的な自信を持っていると思います。育ててもらった感謝の気持ちよりも、そうした思いの方が強くて、それをついつい正直に口にしてしまうところがあるんではないでしょうか。もちろん千代子さんのことを憎らしいわけではないし、なんとなく勝手にライバル意識を抱いてしまっているのも、登美子らしい感じがしますね。
「アンパンマンのマーチ」の歌詞が、心に強く響いて

――「あんぱん」という作品のテーマについては、どんな感想をお持ちでしょうか?
まず、アンパンマンを世に送り出したやなせたかしさんと奥様の小松暢さんをモデルにしていることで「なるほど」と思って、題材の選び方、目の付けどころがさすがだなぁと感じたのを覚えています。
――ご自身もリアルタイムでご覧になっていたのですね。
中学生で初めて「それいけ!アンパンマン」を見たときに、いちばん印象に残ったのは、主題歌の歌詞でした。あの「何のために生まれて、何をして生きるのか」という一文が、本当に心に響きました。それで、まさに自分に置き換えて「私はどうなんだろう? どうやって生きていくんだろう?」と真剣に考えました。もちろん、当時は中学生なので「わからない」という結論に達したんですけれど。
このアンパンマンという作品はとても斬新で、自分の顔であるアンパンを差し出して、困っている誰かを元気にするという、自己犠牲のようなすごく深いテーマが描かれていますよね。この朝ドラを通じて、やなせさんの思いの奥深さを知っていただけることに、大きな意味があると思っています。
――この物語は「正義は逆転する」という印象的な言葉でスタートしましたが、台本を読まれてどんな感想を持ちましたか?
シンプルに、台本がすごく面白いので読み進めていくのが本当に楽しみなんです。やりとりもウイットに富んでいて、くすっと笑えるような場面もたくさんあるので、きっと15分間があっという間に感じられる気がします。物語の根底には、やなせさんの優しいまなざしや、正義が覆ってしまうような理不尽さなど、さまざまなメッセージが散りばめられていて、すべてのシーンが心に響いてくる作品です。