3月3日、東京・渋谷のNHK放送センターで記者会見が開かれ、2027年放送の大河ドラマ第66作は「逆賊の幕臣」、主演は松坂桃李が務めることが発表された。

舞台は、幕末。
松坂が演じる主人公・ぐりただまさは、“勝海舟のライバル”と言われた男。日本初の遣米使節となって新時代の文明を体感し、新しい国のかたちをデザインした江戸幕府の天才とも言われる。明治新政府に「逆賊」とされ歴史の闇に葬られた人物である。

物語は、忘れられた歴史の“敗者”=幕臣の知られざる活躍を描く、スリリングな胸熱エンターテインメントだ。

脚本は、NHKではドラマ10「透明なゆりかご」や連続テレビ小説「おかえりモネ」などを手がけた脚本家の安達奈緒子が担当する。大河ドラマの執筆は今作が初となる。


左から脚本の安達奈緒子、松坂桃李。

すべての引き出しをこの作品に注ぎ込みたいと思っています

会見に出席した松坂は、次のように意気込みを語った。
「この仕事を始めて16年。後輩・同期からもらった刺激、先輩からの教えや学び、言葉、多くの作品に携わらせていただいた経験や知識など、すべての引き出しをこの作品に注ぎ込みたいと思っています」

また、大河ドラマの主演を務めることについて松坂は、

「大変緊張しております。まさか、大河ドラマの主演をやらせていただく日がくるなんてじんも思っておりませんでした。果たして本当に自分にできるのかとすごく不安でしたが、制作統括の勝田さんと脚本家の安達さんのお話を聞き、この2人が生み出す『逆賊の幕臣』という作品に参加したいと強く思いました」と心境を吐露した。

明治新政府と敵対した幕臣側を演じることについて質問されると、

「幕臣側という新たな切り口で幕末を見ていただけると思っています。なぜ小栗忠順が無名なのか、なぜ彼が行ったことが伝わっていなかったのか。今回、幕臣側から描くことで、幕末の時代、何があったのかということを皆さんにお届けしたい」と話す。

脚本を担当する安達は、作品にかける意気込みを聞かれ、

「幕末を描かせていただけることは大変光栄なことだと思っております。また、緊張で身の引き締まる思いでいます。小栗忠順という天才でありながら、とてもチャーミングであろう人物の目線からもうひとつの歴史を見てみたいと考えています」とコメント。

また、記者からの「これまでやさしい作風を描かれていますが、大河ドラマということで描き方が変わるのか」という問いには、

「よく見ていただいている作品はわりと優しいと評価されていることが多く、大変ありがたいなと思っています。年齢を重ねていきますと歴史や政治などにしっかり向き合ってきたのだろうか、と考えることが多くなります。大河ドラマという中で、自分なりに政治というもの、歴史というものをきっちり描いてみたいなと。自分の好みとしては大河政治劇というのは好きでして、それを真正面からやってみたいと思っております」と答えた。

制作統括の勝田は、主演・松坂と脚本・安達という組み合わせについて、期待を込めてこう語った。
「主人公の小栗さんは非常に頭の切れる方ですが、ちょっと人間的には欠けているところもあったようで、空気が読めないところもあったそうです。この知性と人間的な魅力を兼ね備えた主人公を松坂さんに演じていただき、外交戦、情報戦というスリリングで熱いドラマを実力派の安達奈緒子さんが描いてくれると思います」

放送は、小栗忠順生誕200年の2027年を予定している。


主演:ぐり忠順ただまさ役/松坂桃李

◆小栗忠順とは
文政10(1827)年、江戸・神田駿河台生まれ。2500石の名門旗本で、天才的なエリート官僚。隅田川の花見でも花や酒には目もくれず治水について語り続け、周囲をあきれさせるようなオタク気質。
万延元(1860)年、遣米使節として渡米し西洋文明を体感。帰国後要職を歴任して軍制改革や近代的工場(造船・製鉄所)の建設、日本初の株式会社設立などさまざまな改革を推進する。特に、武士でありながら経済に明るい小栗は幕府にとって得難い人材で、何度も勘定奉行を務めた。空気を読まず上司に直言しては辞職し、辞めては呼び戻されること70回という伝説も。
明治の政治家・大隈重信は、明治政府の近代化政策のほとんどは小栗の模倣だったと語ったという。江戸幕府終末期の勘定奉行として、その名は徳川埋蔵金伝説にも登場する。
【プロフィール】
まつざか・とおり

1988年生まれ、神奈川県出身。「侍戦隊シンケンジャー」(2009)でデビュー。おもな出演作に、ドラマ「離婚しようよ」(2023)「御上先生」(2025)、映画『孤狼の血』シリーズ(2018・2021)『新聞記者』(2019)など。NHKでは、連続テレビ小説「梅ちゃん先生」(2012)「わろてんか」(2017)、大河ドラマ「軍師官兵衛」(2014)「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019)、土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」(2021)などに出演。「第92回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞」 「第43回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞」など受賞多数。大河ドラマ出演3作目にして主演は今作が初。

作:安達奈緒子さんのメッセージ

「幕末」を書く機会をいただきました。幸甚とはまさにこのことです。
あまたの人が心かれ著述した日本の大転換期。史実も人物もあまりに鮮烈で魅力的なので、ひたすら実直に描こうと肝に銘じます。ただ──。
「誰の目で見るか、どこまで広く見るか」
人は見たいものだけを見る、とは昨今よく耳にします。勝者が歴史を作るとも。

だとしたら敗者とされた者の目から見た情勢はそれなりに様相が変わるはずです。また一国の政変に焦点を絞らず画角を広くとれば、大洋大陸を隔てた遠い国々の複雑にからみあう意図が見えてくる。はたして。
今見えている出来事は本当に「今見えているままなのだろうか?」

小栗忠順という幕臣の目を通して見る「幕末」には強烈に「今」を感じます。
身分制を打破し、個の力を存分に発揮できる社会は繁栄をもたらす。けれど行き過ぎれば能力主義という新たな身分制になりはしないか。

こぼれ落ちる者たちの存在がかき消されてはいないか。「おおやけ」は本当に公共のために力を尽くしているか。世界規模で同時多発的に何かが起きている、うねる潮流の正体が見えない、止められない。
小栗も予感したはずです。「時代が変わる」。

小栗は持っている人です。身分、能力、機会に恵まれた変わり者の天才となれば鼻につく人物かもしれません。実際、無血開城の立役者、勝海舟は小栗を疎んじました。しかし小栗は官吏であり、いわゆるリーダーではありません。公の人です。

そして小栗は持っている人だからこそ「個」として自由に生きることを自分には許さなかった。つねに公がなすべきことを考え、変容せざるをえない国を少しでも良くしようと邁進まいしんする。その高潔さと頑固さは清々しいほどで、混乱の世にあって希望たりえる人だったと思います。

松坂桃李さんはまさにそんな高潔さをまとう方です。小栗がどんな人だったかを想像するとき、勝手ながら姿がピタリと重なります。極限まで苦闘する幕臣がスッと実体をもって立ち上がってくる、顔が見えてくる、するとやはり思うのです。

「なぜ彼は処刑されなければならなかったのか」
小栗を知れば知るほど彼の死が悔しい。その死には謎があります。これを解明していく物語はこの動乱の時代をさらに心惹かれるものにしてくれるはずです。
「幕末」を書くことを許されたのは「今」だったからだと考えます。がんばります。

【プロフィール】
あだち・なおこ

2004年、脚本家デビュー。おもな作品に、「リッチマン、プアウーマン」(2012)「コード・ブルー –ドクターヘリ緊急救命-3rd season」(2017)「きのう何食べた?」(2019~)「100万回 言えばよかった」(2023)、NHKでは、ドラマ10「透明なゆりかご」(2018)土曜ドラマ「サギデカ」(2019)連続テレビ小説「おかえりモネ」(2021)NHKスペシャル未解決事件「File.09松本清張と帝銀事件」第1部(2022)・「File.10 下山事件」(2024)土曜ドラマ「お別れホスピタル」(2024)など。「東京ドラマアウォード2019脚本賞」「2021年度芸術選奨文部科学大臣新人賞」などを受賞。大河ドラマの執筆は今作が初。

制作統括:勝田夏子さんのコメント

「……オグリって、誰?」そう思った方が多いと思います。恥ずかしながら私も最近まで知りませんでした。しかし、知れば知るほど「今こそもっと知ってほしい!」と思わずにいられません。

今、あらゆる価値観が音を立てて崩れ、分断と暴力が世界を覆っています。信じられないようなことが次々に起こるのを見ていると、文明の大きな変わり目に遭遇しているんだなと思います。幕末の人たちもこんな気持ちだったのかもしれません。そんなとき私は、小栗のことを考えるのです。

鉄道を見れば、莫大ばくだいな経費を調達する仕組みに興味を持ち、巨大な製鉄所を見れば、まず小さなネジの大量生産から考える。実にシャープ、かつ地に足のついた緻密さです。小栗は、時代の激変で混乱する社会を着実に明日、そして未来へとつなげるには何が必要なのか、至って現実的に考え抜きました。

大言壮語はなく、終始一貫リアリスト。そして、いい意味でオタク。パンデミックの時とか頼りになりそうで、現代にこそ必要なヒーローのカッコよさを感じます。一方、数字に強いが空気は読めないという不器用さも人間的です。案外それを気にしてたりしたら面白いな、などと想像が膨らみます。

人は、今あるものを壊せば新しい何かが始まると期待しがちですが、ただ壊すだけでは社会は持続できません。小栗自身は「逆賊」の汚名を着せられ葬られましたが、彼が敷いたレールやまいた種は、日本の近代の礎となりました。

そんな彼の物語を、当代きっての実力派・安達奈緒子さんの骨太な脚本と、全幅の信頼がおける松坂桃李さんの品格あるお芝居とで、スリリングかつ胸熱にお届けできるのは望外の喜びです。
2027年は「逆賊の幕臣」、皆さまどうぞご期待ください。


【物語】
万延元(1860)年。小栗忠順は、日本初の遣米使節団の中核として米艦ポーハタン号に迎えられ、大海原に乗り出す栄誉を得ていた。一方、日本の軍艦として随行する咸臨丸かんりんまるの勝海舟は、体調不良で船室から出ることができず、米軍士官に指揮権を譲渡するという屈辱に震えていた。
だが後世、偉業として語り継がれているのは「咸臨丸」の方だ。なぜなら小栗は、明治新政府に「逆賊」と見なされ、歴史の闇に葬られたからである――
小栗を最初に取り立てたのは、大老・井伊直弼だった。黒船来航により日本が世界経済の渦に巻き込まれ混乱が増す中、武士には珍しく金勘定や数字に強く、上役にも直言する小栗に目をつけたのだ。小栗は遣米使節として西洋文明を目の当たりにし、外国に飲み込まれない近代国家づくりを急ごうと決意する。
しかし、それは容易なことではなかった。井伊の暗殺、朝廷による開国拒否、生麦事件などじょう事件の続発。そしてその賠償金や、皇女・和宮のこう、将軍のじょうらく、長州征討せいとうなどが、財政の逼迫ひっぱくに拍車をかける。更に西郷隆盛ら薩長の志士たちや島津家など大大名が幕政に干渉し、インフレや格差に苦しむ民衆は暴動を起こす。そんな中で、列強が軍事力を背景に国の独立を脅かしてくるのだ。
小栗は財政・外交・軍事を預かる要職を歴任しながら、侵略の危機と国内の分断を食い止めようと奔走する。やがて起死回生の策としてフランスから支援を取り付け、改革の加速を狙うが、協調していたはずの将軍・徳川慶喜の本心が徐々に見えなくなっていく。そんななか勝は、薩長やイギリスとも気脈を通じながら、独自の近代化路線を構想していた。
片や堅物のエリート、片や人たらしのたたき上げ。何もかも対照的な小栗と勝だが、二人とも開明派で幕府内では疎まれながら、事態が窮すると結局は頼られ、利用された。また、やるべきことをやればやるほど敵を増やし、命さえ狙われるところもやけに似ていた。
自分にない才を互いに見て取り、対立しながらも一目置き合っていた二人。だが、 幕府を「改良」して人々を束ねる「仕組み」を作りたい小栗と、幕府を「解体」してでも実力ある「個人」を活躍させたい勝、その運命は大きく分かれていく……。

2027年 大河ドラマ「逆賊の幕臣」

2027年1月~放送予定
作:安達奈緒子
制作統括:勝田夏子
演出:西村武五郎