
個人的な趣味としては、大河で庶民の文化を描いてほしい、なんなら絵師を主人公にしてほしいと切望していた。ただ、現実問題として、絵師が主役では1年間約50話がもたないであろうこともわかってはいた。背中丸めて一心不乱に絵を描く変わり者では、物語がダイナミックには動かないからねぇ。
大河の話なのに、のっけから脱線するが、ここ数年で絵師のドラマを精力的に制作してきたNHK。葛飾北斎の娘・お栄を宮﨑あおいが演じた「眩~北斎の娘~」(2017年)、伊藤若冲を中村七之助が演じた「ライジング若冲」(2021年)、歌川広重を阿部サダヲが演じた「広重ぶるう」(2024年)。それぞれの絵師の来し方を描きつつ、天才っぷりや変人っぷり、抱える孤独や絵を描く矜持を魅せてくれた。と考えると、大河じゃなくてもいいや。
大胆な構図の武者絵や猫好きで有名な歌川国芳の一門もドラマで観てみたい。極彩色の錦絵のほかにも狂画・風刺画も好んで描いた河鍋暁斎、残酷な血みどろの武者絵や、精密な筆致で映像のような生々しさを表現した月岡芳年が出てきたら……と勝手に妄想する(届け、この思い、NHKに)。

そんなわけで絵師の生きざまと人となりに興味があって、今年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺〜」も心底楽しみにしていた。主人公は絵師ではなく版元だが、江戸の出版文化と芸術の存在価値を改めて認識することができるだろう、と思ったからだ。だいたい絵師や芸術家ってのは、権力とは無縁どころか批判する気骨のある人が多いし。武士に飽きて絵師が観たいという願いが叶うことになったわけだ。
昭和世代がまずリセットすべきこと

主人公の蔦屋重三郎を演じるのは、眉目秀麗なだけでなく極真空手有段者でもある俳優・横浜流星。ここ数年で演じる幅をたくましく拡張し続け、大河主役の獲得も納得がいく。粋でいなせな江戸っ子気質と厚い人情をベースに、人を魅了する奇想天外なアイデアと宣伝惹句で江戸の出版王にのぼりつめるまでを魅力的に見せてくれることだろう。
この蔦重が遊郭街・吉原育ちということで、背景と人間模様が極彩色に広がっていく。ちょっとここで肝に銘じたいことがある。昭和世代にとって吉原と言えば、五社英雄監督の映画『吉原炎上』(1987年)だ。あの生々しい地獄絵図が脳内に鎮座している人は少なくない。たぶん制作陣も同じだと思う。
苛烈な女郎生活で精神に異常をきたし、剃刀を振り回した藤真利子や西川峰子(現・仁支川峰子)の鬼気迫る生々しさ、安女郎屋へ堕ちてしまった小便女郎たち(かたせ梨乃・野村真美)の悲劇など、強烈な絵ヅラが記憶にこびりついているはずだ。

一方、「べらぼう」の舞台・吉原は、令和的な配慮をもって非常に慎重に描かれている。NHKにしては挑戦的な演出も話題になったが、中高年の脳内には『吉原炎上』が残っているもんだから、つい比べてしまうわけよ。私自身も含めて、いったんリセットしたほうが「べらぼう」を楽しめるはず。
ちょっとだけリンクしておくべきは、お歯黒どぶ沿いの河岸見世で、安女郎屋「二文字屋」の女将・きくを演じるのが、かたせ梨乃という粋なキャスティングだ。『吉原炎上』でたくましく生き延びた菊ちゃんが、紆余曲折を経て河岸見世で女将になったのだと想像すれば、あえて絵ヅラで見せずとも背景はぐっと広がる。

もうひとつ、リンクと言えば、「鬼平犯科帳」の主人公・長谷川平蔵が若き頃の姿を見せた。演じたのは歌舞伎役者の中村隼人だ。花魁に熱を上げ、散財するという役どころ。故・中村吉右衛門の色気を思い出さずにはいられなかったし、若い頃の放蕩三昧に、二枚目の隼人が大いに説得力をもたらしたと思う。
ということで、昭和の残像をちょいちょい映しながらも、令和に描く「江戸の吉原」の魅力をこれからも積極的に探っていこう。
出版ディレクターとして才能を発揮していく蔦重
幼い頃、吉原の引手茶屋(女郎を紹介する案内所)・駿河屋の主人である市右衛門(高橋克実)に拾われた蔦重は、女郎相手に貸本屋も営むやり手だ。口八丁手八丁で調子のいい若者だが、両親に捨てられた自分を育ててくれた市右衛門、そして吉原の町に誰よりも恩義を感じている。市右衛門も、目鼻が利いて常に新しいことに挑む蔦重を時に疎ましく思うが、頼もしくも感じている様子。

客足が伸びず、金持ちの爺か田舎者しか来なくなった吉原に、活気を取り戻そうと奔走する蔦重。吉原細見(いわば吉原ガイドブック)の改訂を任され、戯作者として名高い平賀源内(安田顕)をつかまえて、序文の執筆を依頼。その縁あって、幕府の重鎮・田沼意次(渡辺謙)とも面識ができる。ラッキーボーイ、蔦重。
ところが、細見は売れに売れても客足は途絶えたまま。そこで入銀本を作ろうと画策する蔦重。入銀本はいわば女郎の写し絵カタログ。女郎たち(つまりは客)から金を募って制作するが、その金額の多寡で紙面での扱いが変わるため、客の見栄と女郎たちの競争心を煽る限定本のシステムだ。

蔦重は女郎たちを花に見立てて、絵師に依頼。女郎の性格や特徴がよくとらえられていたのも、吉原を知り尽くした蔦重ならではの名案だ。読んだ者に想像させるという洒落の利いた入銀本は見事な手腕であり、江戸人の成熟した文化だったともわかる。クラウドファンディングというか、特典付きCDを買わせるアイドル商法というか……現代のビジネスに通ずるものもあって、非常に興味深かった。
忠義や忠誠心、お家継承、大義名分などに縛られがちな大河の主人公が、機転を利かせてビジネスの才能を開花させていく姿は、実に生臭くてえげつなくて面白い。2021年の「青天を衝け」も、主人公・渋沢栄一が、幕臣から実業家として大成するまでの過程を描いた作品だったが、選ばれし特権階級の物語でもあり。逆に、蔦重は自由で無頼な庶民だ。特化した芸術と出版文化の礎を築いていく道のりには、市井の人々の綺麗事ではない本音や実情が描かれていくのだろうと期待している。
女郎たちの生きざま、そして大奥も見どころに

金持ちに身請けされて人生あがるか、女郎としての下り坂を転がり落ちるか、女郎たちを待ち受ける運命も見どころのひとつ。蔦重の幼馴染で、伝説の花魁となる花の井を演じるのは小芝風花。おそらく前半は彼女を中心に、女郎たちの悲喜こもごものサバイバルが描かれていくだろう。ぼんやりした中堅の女郎・うつせみ(小野花梨)、目敏く上昇志向の強そうな花魁・松の井(久保田紗友)、葛の花に見立てられた志津山(東野絢香)あたりが、女の生きざまを魅せてくれるに違いない。
また、女郎屋主人たち、俗にいう「忘八」(人として守るべき重要な8つの徳を忘れた、要はひとでなし)の皆さんも凄みがあっていい。THE・守銭奴の悪役面が勢揃い。ただし、蔦重の前に立ちはだかるのは、この忘八の皆さんたちではなさそう。もっとどす黒くて大きな壁が待ち受けているようだ。

吉原の人々に注目しすぎたが、「べらぼう」にはもうひとつの舞台がある。田沼意次を軸に展開される、幕府内の権力争いだ。石坂浩二が演じる老中首座の松平武元の頑固爺っぷりには、えもいわれぬ迫力と憎々しさがあったので、こっちはこっちで楽しみ。徳川さんちのお家継承、骨肉の争いも、豪華な副菜として味わえる。
そうそう、みんな大好き、大奥も出てくるのよ。大奥総取締・高岳役はなんと冨永愛が演じる。ついこの前まで見目麗しい八代将軍・吉宗を演じていたので(男女逆転版の「大奥」2023年)、まったく異なる立ち位置をどう演じるか、興味津々。
来年はまた戦国時代に戻るというので、1年間、江戸後期の文化芸術の妙を存分に味わおうと思う。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。