蔦屋重三郎(横浜流星)の幼なじみで、女郎屋・松葉屋の花魁である花の井。過酷な環境に身を置きながらも吉原を代表する花魁となり、やがて松葉屋の名跡・瀬川を襲名することになるが……。
実在の人物・花の井を演じる小芝風花に、人物像や作品の魅力について聞いた。
花の井は相手の男性が求める女性にスッとなれる人
──第2回で、花の井は長谷川平蔵(中村隼人)を手玉に取りました。
平蔵さんがノリノリですごく面白くて、演じていて楽しかったです。
松葉屋のトップには松の井花魁(久保田紗友)がいるのですが、彼女は男性がついていきたくなるような、崇めたくなるような女性というのが私の認識です。
一方で、花の井は相手の男性が求める女性にスッとなれる人のような気がして。監督とも「お客さんのちょっとした言動を見て、相手がいちばんくすぐられるポイントを刺激できる人だよね」と話していました。
お客さんと対峙するとき、どうやったら花の井にこちらを向いてほしいと相手に思ってもらえるか、またはお客さんの心を和ませたり、ときには慌てさせたりできるのかなと、常に考えながら演じています。
蔦重は馬鹿なほどまっすぐな男性。あまりにも鈍感なのでムッとすることも
──初めての大河ドラマ出演ですが、オファーを受けた時のお気持ちは?
とても光栄でうれしかったのですが、花魁役と聞いて自分が演じられるか不安もありました。やはり花魁と聞くと“色気”とか“大人の女性”というイメージが出てくるかと思うのですが、私は色っぽい役をやったことがなかったし、自分でも俳優としての課題だとずっと思っていたので……(笑)。
一般的に「元気!」「笑顔!」というイメージが強い私に、なぜ花の井を任せたいと思われたのか。その意図をプロデューサーさんに聞いてみたいくらいです。ただ、課題でもあったこのような役をいただけたことで、逆に頑張らなきゃと気合いが入りました。
──脚本を読んだ感想をお聞かせください
森下佳子さんの脚本、すごく面白いです。私はやっぱり花の井の目線で読むのですが、彼女の気持ちが脚本から痛いほど伝わってくるんです。
吉原って男性にとっては華やかで夢のある世界だけど、女性としては苦しいことがたくさんある場所。無理をしながらお客さんに接する姿や、本当の思いや苦しみを隠しながら生きているような描写は、読んでいるだけで涙が出てきます。そんな思いや生き様が丁寧に描いてあって、 演じる前から花の井のことがすごく好きになりました。
──花の井はどんな女性だと思いますか?
すごく気が強くて、頭のいい女性ですね。スタジオ撮影初日に、花の井が蔦重に強く詰め寄るシーンを撮影したんです。思っていた以上に強気というか勝気な感じでした。それでいてカラッとした性格で、きっと幼い頃から蔦重と男兄弟のように育ってきたのかなって。
蔦重を密かに思ってはいるのですが、吉原ではこの気持ちは絶対報われることがないってちゃんと理解している。その上で蔦重が何か困っていたり、何か悩んでいたりしたら力を貸してあげたいって思える。 結ばれることがないって分かっていながら、支えられる強さをすごく感じました。
──横浜流星さん演じる蔦屋重三郎の魅力は?
自分が信じていることに対して、「ほんとに馬鹿だな」って思うぐらいまっすぐなところですね。素直にうれしいときは子供のように喜ぶし、不満なときはふくれっ面になるし……(笑)。
そこにはまったく邪なものがなくて、ただ単純にいい本が作りたいとか、面白いものが作りたいとか、吉原をよくしたいっていうストレートな思いで突き進んでいくんです。そこに母性をちょっとくすぐられて、花の井からしたらほっとけない、支えたいって思える存在なんだと思います。
ただ、あまりにも鈍感なので、花の井としてはムッとしてしまうときも。あるシーンを演じた後、横浜さん自身が、「俺、ダメだよね?」と苦笑するほどでした(笑)。でも、そこが花の井にとって憎らしくもあり愛おしいんだろうなって思います。
──演じる上で、横浜さんとはどのような話をされていますか?
役柄のちょっとしたニュアンスだったり、感情表現の確認だったりは監督を交えてお話しさせてもらっています。台本にはこう書かれているけど、幼い頃から吉原で生きている蔦重や花の井にとっては、もう少し違うニュアンスだよね? とか、ここではもう少し感情を抑えた方がいいよねとか。そういう意見の交換とか、一つずつのシーンに対して丁寧に話し合いをしながら撮影しています。
女郎屋での女性たちのオン・オフのギャップは見どころ
──女郎屋のシーンで見どころはどこですか?
本作は、女郎たちの“オフ”の姿がたくさん描かれています。綺麗に着飾ってお店に出ている姿だけじゃなくて、食事をしたりくつろいでいたりしている日常。そんなリアルな女郎たちの生活を描いているのが、このドラマの大きな特徴だと思います。だから花魁や女郎たちのオン・オフのギャップは見どころです。
これまでも時代劇に出演してきましたが、いつも着物を着れば姿勢正しく、手はいつも前に組んで、足も揃えて綺麗に、という意識だったんです。でも、今作はかなり違います。女郎には昼見世や夜見世(昼営業や夜営業)があって、いつも寝不足で男性を相手にして、いろんな座敷を回っている。そんな中、オフまで綺麗にしていられないから、みんな重心が崩れている。
着物を着たらちゃんとするという意識が強い私の中では、崩す姿が所作的にすごく難しくて……。ですから、自宅でも浴衣を着て鏡の前でどう姿勢を崩したらいいのか研究して、工夫しながら演じています。
──確かにオン・オフで、演じ方を切り替えるのは難しいですね。
まず、口調が全然違います。オンのときは花魁ことばでゆったり話しますし、オフのときはテンポよく早口で話して……。蔦重と一緒にいるときは、幼なじみで何も飾ってない素の感じが出ればいいなって思っています。
じつは、メイクでオン・オフが切り替わることも多いんです。例えば、白粉を塗れば自然とオンになります。逆にオフはすっぴんに近いので、皆さんに見られるのがちょっと恥ずかしいです(笑)。メイクで自然と体の力の入り方や姿勢が変わるので、オンのスイッチは白粉で入れていただいています。
──女郎や花魁を演じる中で、心掛けていることはありますか?
花の井が幼い頃に面倒を見てくれていた朝顔姐さん(愛希れいか)という女郎が、第1回で亡くなってしまいます。その亡くなり方がすごくリアルかつ容赦ない映像で描かれていて、初っ端からショッキングでした。「忘八」と呼ばれる女郎屋の親父様たちからすると、優しくてどれだけ美しい女郎でも病気になったらお金を稼げないし、逆にお金がかかるわけで、簡単に捨てられてしまう。
すごく理不尽な現実ではあるけど、それでも女郎たちはここで生きていかなきゃいけない。花の井はいろんなことを飲み込んだ上で生きていこうとしている人。その決意の強さはいつも胸に秘めていたいと思います。
一方で、蔦重と言い合いなどをしているシーンでは、そんな現実はしばし忘れて、きっと楽しく会話できているんだろうなと思います。つらい苦しいという感情より、蔦重がいてくれるから生きていられる……。その関係性は忘れないようにしています。
注:忘八=八つの徳(仁義礼智忠信孝悌)を忘れた外道のこと。転じて、女郎屋の主人を指す。
謙さんの迫力に、花の井とは関わりのない幕府サイドの映像を見るのが楽しみ
──花魁道中では、高下駄でゆっくり八の字を描いて歩きました。いかがでしたか?
事前に所作の先生に歩き方や姿勢を教えていただいて、高下駄を借りて帰って自主練習しました。ただ家の中で練習すると床が傷だらけになるので、最初、公園でやっていたんです。でも、2、3歩歩いたところで人が来てしまい、慌てて撤収(笑)。それからは家の敷地内で練習したのですが、人目につくので外での練習はなかなか難しかったです。
実際の撮影では、打掛を羽織るので衣装がすごく重くて。その上、高下駄をコントロールしながらゆっくり歩かなきゃいけない。ふくらはぎが筋肉痛になって大変でした(笑)。歩いた後の地面には下駄を引きずった跡がつくので、毎回カットがかかるたびにパッと振り返って確認しています。綺麗に均一に八の字が描けていたら、「よし!」って感じでした(笑)。
──吉原のセットはとても豪華でしたが、初めてスタジオに入った印象は?
すごかったです。スタジオに吉原の街並みが全部できていて、建物もちゃんと2階建てセットになっているんです。花魁道中も2階からお客さんが見物していて、ほんとに江戸時代にタイムスリップしたかのようでした。
セットの先には巨大なLEDパネルが建てられていて、ちゃんと通りの奥行きまで映像で映し出されていました。その映像はカメラワークに合わせて自動でちょっとずつ動いていくので、セットとの境目もわからないほど。この技術はすごいなと、感動しました。何も気にせず動けるので、より役に入りやすく、俳優としてありがたい環境だなって思います。
──吉原には個性的な人がいっぱいいますが、一番印象的な人は?
忘八の親父様たちや女将さんたちは本当に面白いですし、お芝居も素敵な方ばかり。(11月の取材時)まだ映像を拝見していないのですが、親父様たちが集まって会議をしているシーンを早く見たいです。忘八と言われる血が通ってない感じや、割り切って仕事をしている姿をどう描いているのか楽しみです。
とくに蔦重は、いつも親父様たちからボッコボコにされているんです。階段から転げ落とされるシーンもあって、台本では簡単に書いているけど実際にどういう映像になるんだろうと、脚本を読んだときから、個人的にすごく楽しみにしています。
この間、田沼意次役の渡辺謙さんと平賀源内役の安田顕さんが撮影されていて、スタジオ前で安田さんにお会いしたのですが、安田さんが「謙さんの迫力、やばいよ!」って感動されていて。ちらっとモニターを覗いたら、その言葉通り意次さんがすごい迫力で……。幕府サイドのシーンは花の井とはまったく関わりがない世界なので、映像を見るのを楽しみにしています。
──「べらぼう」という作品の面白さは?
簡単にいえば、今でいうエンターテインメントのために駆けずり回った男性の物語なので、歴史が苦手な方もすごく共感できることが多い作品じゃないかなと思います。
私も歴史はあまり得意ではないし、初めての大河ドラマなのでドキドキしながら台本を読んだのですが、時代を超えた人の情や気持ちがしっかり描かれているのでスイスイと読めました。歴史的な知識がなくても楽しんでいただけるのではないかと思います。
現代より娯楽が少ない時代に、面白い本を作りたい、もっと楽しめるメディアを作りたい、と考えた男が蔦屋重三郎です。でも、巨大なプロジェクトすぎて、とても一人じゃ実現できない。
そんな中、蔦重の人柄やまっすぐさにほだされて、みんなが力を貸してくれるようになり、彼を中心に人の輪が広がっていきます。もちろん、たくさん敵やライバルも出てきて、挫折や苦戦もありますが、主人公は諦めずに突き進んでいきます。
自分の欲だけじゃなく、みんなを豊かにしたいと思う蔦重だから、花の井ならずとも彼を応援したくなるし、感情移入もできる。そんなすごく魅力的な作品だと思います。