登山規制や景観問題と、最近何かと話題の富士山。私はまだ登ったことがありません。夏山が終わるころ、せめて五合目からの景色くらいは見ておきたくなりました。
その日、遠くからは美しい山容が望めました。しかし、そこは山の天気。富士吉田から45分ほどバスに揺られて到着した五合目は一面靄の中……ところが、着いてびっくり! カラフルな服装の人、人、人が、まるで都会の真ん中のように集まっています。
顔つきも飛び交う言葉もさまざま。防寒着を着込んで足元はがっちり登山靴、これから登るんだという人。空気はヒンヤリしてるのに半袖シャツ姿のアジア系の若者が、富士山の焼印の入った金剛杖を持ってニヤリ。ガイドさんが注意事項を伝える英語の声。周りを見ても日本人の比率はかなり低そう。
名物を食べようと、渋谷のスクランブル交差点のような往来を抜けてほぼ満席の食堂へ。入り口の自販機で整理番号付きの食券を買って出来上がりを席で待ちます。私は151番。10分ほどすると「150(ワン・フィフティ)」と英語の声。いよいよ次だと身構えたら、今度は「ひゃくごじゅういち番さーん」と日本語でコール。オーダーしたのが外国人か日本人か見分けるって、これAIシステム?
注文した蕎麦は、富士山に見立てた油揚げと富士山模様のかまぼこ入り。隣のテーブルで栗色の髪の女性が食べているのは溶岩が噴出したような富士山カレー。デザートは富士山メロンパン。食事のメニューもお土産グッズもSNSで拡散しそうな富士山ばかり。
食事を終えて冨士山小御嶽神社に参拝すると、外国人の女性が私を押しのけるように身を乗り出して、脇にあった「二拝二拍手一拝」と書かれた木札をスマホで撮っています。もしかして、これを呪文だと勘違いしていたりして?
登る人、見る人、食べる人、買う人、祈る人……世界からいろいろな人がやって来ます。やはり富士は日本一の山。そこにはボーダレスな(国境なき)世界がありました。
(くどう・さぶろう 第1・3火曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年11月号に掲載されたものです。
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