とう高僧こうそう鑑真がんじんは、日本に仏教の戒律かいりつを伝えるため5回も海を渡ろうと試み、失明しても諦めないで、ついに目的を果たした。1300年後の現代、北京から東京までは飛行機で4時間足らず。今やこれを命がけの旅と呼ぶ人はいない。世界は狭くなった。

7月の羽田空港、到着出迎えロビーでそんなことをぼんやり考えていると、彼らはいつの間にか出口を抜けて我々の後ろに立っていた。振り返ると笑いながら手を振っている。「ニイハオトンチン!(こんにちは、東京!)」。

NHKや関係機関で日本の放送について研修を受けるために来日したのは、中国全土の放送機関から選ばれた訪日研修団の18名。かつては毎年行われていた研修だが、コロナ禍で途絶えていたため、今回は5年ぶりの復活だ。7月の東京は最高気温の平均が32度、湿度82%。亜熱帯に近い気候らしい。そんな中、訪日研修団の“熱い” 2週間が始まった。その一部をお伝えしたい。

テーブルに広げられたのは、阪神淡路大震災前の神戸市内の大きな白地図。タブレットをかざすと、かざした場所で記録した被害の映像がタブレットに映し出された。

NHKの報道局が災害の記憶を次世代につないでいくため開発したアプリ「阪神・淡路大震災AR(仮名)」を体験する研修団員たち。タブレットをのぞき込んだ彼らは熱烈に感想を言い合った。

「メディアが保有する映像を広く活用する取り組みだ。とても参考になるよ!」

NHKの誇るコンテンツの一つが自然科学番組だ。「ダーウィンが来た!」や「NHKスペシャル 恐竜超世界」シリーズの制作を手掛けたプロデューサーによる講義には、研修団も興味津々。番組ごとに機材を開発して、常に“世界で初”の撮影を目指しているという。また、恐竜のCG制作には、アカデミー賞を受賞した「ゴジラ-1.0」に関わったスタッフもいる。映像化されていない動物はまだまだたくさんある、など番組を作る楽しさを熱く語ってくれた。 

研修団からも、たくさんの質問が出た。

Q)「野生鳥類はどうやって撮影するのですか?」
A)「たとえば警戒心の強い猛禽類もうきんるいだと、1年前から撮影用のテントを置いて慣れさせることもあります」

Q)「野生動物の専門家と協力して番組を作るとのことだが、それは全体の何割くらいですか?」
A)「ほぼすべての取材現場に研究者に同行してもらいます。中には共同研究契約を交わし、一緒に論文を書くこともあります

最後にプロデューサーは、「アジアに自然番組のプロはまだ少ない。共同制作に興味があれば、ぜひ一緒に!」と熱いメッセージを送った。講義が終わると待ってましたとばかり、名刺交換が相次いだ。何年かすると、日中共同制作の自然番組が実現するかもしれない。


かつて中国から研修団を迎え入れていた時は、主として日本の誇る先進的なノウハウや技術を伝えていた。しかし、今やって来るのは、世界第2位の経済大国として発展を遂げた中国の放送人たちだ。そんな彼らに対して我々にできることは何なのだろう。

必要なのは技術などを紹介する一方通行の講義ではなく、若年層のテレビ離れやデジタルサービスへの取り組みなど、日中に共通する諸課題への解決策を共に探るための交流ではないか。

この2週間を通して、従来の考え方にとらわれることなく、新たな研修の在り方を柔軟に模索すべき時代に入っていることを実感した。

​(取材・文/NHK財団 国際事業本部 榎木丸 悟)