しょうがくしゃ大学教授の山聡やまさとさん(48歳)は、日本人と鬼の関係について研究しています。日本人にとって鬼はどういう存在だったのか、そのイメージは時代とともにどのように変化していったのかなど、分かりやすく解説していただきました。
聞き手/恩蔵憲一
この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年5月号(4/18発売)より抜粋して紹介しています。


鬼は中国から伝わった

――鬼という存在は、いつごろ現れたのですか。

小山 3世紀の中国の書物『魏志倭ぎしわ人伝じんでん』に、「卑弥呼ひみこどうを行った」という記述があります。卑弥呼が死霊と交信してその言葉を伝えた、という意味ですね。鬼が中国から日本に伝わったのは7世紀ごろで、当時の木簡に「鬼」という字が書かれています。疫病が流行したときに書かれたものと見られ、鬼が疫病をもたらすと捉えられていたのでしょう。

――今で言うなら新型コロナなどでしょうか。

小山 まさにそうだと思います。当時の人間なら、「鬼が来た」と考えるでしょう。ほかにも闇夜に潜んで歩く人を食ってしまうとか、鬼は多様なイメージで登場します。いずれにせよ、最後は死をもたらす恐ろしい存在です。

「角に虎のパンツ」は12世紀に登場

――鬼の絵は、どれも角が生え虎の皮を身に着けていますが、いつごろからこの姿に。

小山 角が生えた鬼が登場するのは12世紀ごろです。12世紀の説話集『こんじゃく物語集』(平安時代後期に編さんされたとする古来日本最大の説話集。編者不明)に一本角の鬼が語られています。12世紀末の『吉備きびの大臣おとど入唐にっとう絵巻』(遣唐使・吉備真備きびのまきびが鬼に導かれて難題を解く説話を描いた)には、真っ赤で筋肉がモリモリとして、ふんどしを締めた鬼が描かれており、現代の鬼の風貌とほとんど一緒。同時期の絵巻物『地獄草紙』(12世紀末の絵巻物。仏教の六道思想に基づいた地獄を描いている)に描かれる鬼は、虎やヒョウの皮のパンツをはいていたり、ふんどしにも飾りがあったりと、バラエティーに富んでいます。

――昔から鬼は、奇怪な姿をした恐ろしいものだったのですね。

小山 というより、恐ろしい、異質だと感じるものを「鬼」と呼ぶようになったのではないでしょうか。外国からの漂流者は体が大きく言葉が通じない。何をするか分からない恐ろしさがあるから「鬼」と呼んで排除しようとした。 体の形状に異常のある子が生まれると「おに」と呼んだという記録もあります。異常のある子を恐れ、排除したかったのでしょう。中国では異形の子の出生は、戦乱や国家・政権の危機の予兆とされていたようです。

――マイノリティーや見慣れないものを鬼としてきたということですか。

小山 そうですね。鬼子と名付けることによって不吉なものの象徴とすれば、子を捨てることへの罪悪感をふっしょくできます。人間の身勝手さが鬼を作り出したという歴史も忘れてはいけないと思います。

※この記事は、2024年1月31日放送「日本人にとっての鬼」を再構成したものです。


日本宗教史学者・小山聡子さんインタビューの続きは月刊誌『ラジオ深夜便』5月号をご覧ください。時代によって鬼がどうとらえられていたのかなど、さまざまな文献を紐解きながら解説しています。

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