どうも、朝ドラ見るるです!

先週に引き続き、ドキドキはらはらさせられた「虎に翼」の金曜日。
4月12日(金)の放送では、トラコ(とも)が初めて傍聴した裁判の判決がどうなるかに、注目が集まりましたね! 
ところで、こちらも先週の「女性は無能力者」に続いて、すごいパワーワードが出てきました。それが、「権利の濫用」!
むむ? どういうこと? 戦前の法律の条文にはなかった判断……? ん? それっていいの? 

と、はてなマークで頭をいっぱいにしているあなた!(←見るるです)
ご安心ください、ちゃ〜んと、頼れる専門家から、話を聞いてきましたよ!

キーワードは“権利の濫用” 寅子が傍聴した裁判の元ネタとは?

見るる ……というわけで、ここからは「虎に翼」で、“取材”を担当されている清永さんに、お話をお聞きしたいと思います! 2週目にしてさっそくはじまった、法廷パート。ふだん、NHKの解説委員として、司法や事件を専門とされている清永さんの本領発揮ですね!

清永さん 楽しんで見ていただければ幸いです(笑)。お伝えしていた通り、そんなに難しくはなかったでしょう?

見るる すっごく面白かったです! 見るるも、トラコたちと同じように、着物は取り返せないのかな……って、なかば諦めてしまっていたんですけど、まさか、あんなふうに法律と事件を解釈するなんて、ビックリ&感動しました! だけど、視聴者としてやっぱり気になるのは、元ネタです。あれって、本当にあった事件なんですか?

清永さん はい。あの事件は、決して空想で作ったものではありません。実際あった裁判を探して、アレンジを加えたものなんですよ。
それがこちら、最高裁判所の前身である大審院の民事判例集に掲載されている、昭和6年7月24日に言い渡された「物品引き渡し請求事件」です。

ドラマの元になった「物品引渡請求事件」大審院民事判例集より

清永さん この裁判は、ドラマと同じように女性が夫を訴えたものです。判決文によると、夫はたびたび浮気をして、妻へ暴力を振るっていました。このため妻は離婚の裁判を起こすとともに、別の裁判で「持っていた衣類などを返してほしい」と訴えていました。 

見るる なんと! ドラマと同じだ! じゃあ実際に、“権利の濫用にあたる”っていう判決も出たってことですか?

清永さん その通り。大審院は「夫の財産管理権の濫用である」と判断し、2審判決を取り消して審理のやり直しを命じています。
“権利の濫用”とは、 “一見権利を行使しているだけに思えるけれど、具体的な状況や実際の結果をふまえて考えると本来の目的を逸脱しているため、実質的には権利の行使として認めることができないと判断される行為”のことです。

見るる それは、ドラマの中でいうと、着物を返さない、夫の東田のふるまいがそう判断されたっていうことですか?

清永さん そうなんです。判決は「単に夫の管理権を主張して引き渡しを拒むのは、妻を苦しめることが目的だろう。そんなことは“権利の濫用”に他ならない」と指摘しています。裁判長、ちょっと怒ってますね。でも実はこの“権利の濫用”、戦前の民法には明記されていない言葉なんですよ。

見るる え! 裁判長が民法にない言葉で判決を……それっていいんですか?

清永さん これは、法律の条文に書かれていない基本原則が、判例となっていった事例だということです。 「権利の濫用」という考え方は、戦前の民法には書かれていなかったのですが、早い時期から研究者の間ではすでに学説として存在していたそうです。
そこにこうした判決が積み重なり、判例理論となっていきます。

見るる つまり、判例──似たような事例で、どんな判決が出されたのかということが、未来の判決において重要になっていくっていうことですね?

清永さん そうです。特に有名なのが、この裁判の四年後に言い渡された「宇奈うなづき温泉事件」。日本の法学部の学生は必ず学ぶ事件なんです。

見るる う、うなずき? ウンウン……って、この頷きですか?

清永さん 「宇奈月」というのは地名ですよ(苦笑)。富山県にある宇奈月温泉は、引湯管によって別の温泉からお湯を引いていた。しかしこの7.5kmの管の一部が、よその土地の一部(2坪程度の些細な範囲)にちょっとだけかすっていたんです。このことで、その土地の所有者は、宇奈月温泉側に対し「うちの土地から引湯管を撤去しろ、さもなくば土地(合計3000坪ほど)を総額2万円あまりで買い取れ」と法外な値段をふっかけた。これが概要です。

見るる うわあ〜。でも、まあ確かに? 自分の所有する土地に、よそんちの引湯管があったら、文句をつけたくなる気持ちも、わからないではないかも? ……いやいや、でもさすがに、ちょっと意地悪ですよね。だって、わずか2坪への侵入に対して、「撤去できないなら3000坪を買い取れ」って極端すぎる! 何倍ですか!(笑)それに、引湯管って、そう簡単に撤去はできないだろうし……。

清永さん まさにその通り。昭和10年10月5日に大審院の判決で、この土地所有者の要求は“権利の濫用”にあたるとされました。ドラマの題材になった着物の裁判と同じように、「許される範囲を超えるものだ」と判断されたわけですね。
この判決によって権利の濫用を禁止する原則が判例として確立し、戦後の民法改正で「権利の濫用は、これを許さない」と明文化に至ったわけです。

見るる なるほど〜、あの着物の裁判が、宇奈月温泉の裁判にもつながって、戦後の新しい民法にもつながっていくのか〜! 法廷パート、ちょっと面白すぎる……!
これからも、こういう感じで、いろんな事件が取り上げられるってことですよね。確かに、毎朝見てたら、半年後には戦前から戦後にかけての司法制度や法律に詳しくなれちゃう気がします。来週以降も楽しみです!

参考:『民法典の百年Ⅰ』(有斐閣/広中俊雄、星野英一 編) 


※清永解説委員が出演する「みみより!解説」では、定期的に「虎に翼」にまつわる解説を放送します。番組公式サイトでも記事が読めます。
2024年4月2日放送の『みみより!解説「虎に翼」解説 三淵嘉子と“男女平等”』はこちらから(NHK公式サイトに移ります)

清永聡(きよなが・さとし)
NHK解説委員。1970年生まれ。社会部記者として司法クラブで最高裁判所などを担当。司法クラブキャップ、社会部副部長などを経て現職。著書に、『家庭裁判所物語』『三淵嘉子と家庭裁判所』(ともに日本評論社)など。「虎に翼」では取材担当として制作に参加。

取材・文/朝ドラ見るる イラスト/青井亜衣

"朝ドラ"を見るのが日課の覆面ライター、朝ドラ見る子の妹にして、ただいまライター修行中! 20代、いわゆるZ世代。若干(かなり!)オタク気質なところあり。
両親(60&70代・シニア夫婦)と姉(30代・本職ライター)と一緒に、朝ドラを見た感想を話し合うのが好き。