2010年代後半あたりから、「気楽に楽しみたい」「重い物語は避けたい」という人が増え、民放各局のドラマは「軽い」「痛快」を感じさせる作品が増えました。もしシリアスなテーマを扱うとしても、制作サイドは笑いを誘うシーンや食事風景などを入れて中和し、できるだけ「重い」と感じさせないようにしているのです。
だからこそ今冬ドラマの『君が心をくれたから』(フジテレビ系)は、「主人公が最愛の人を救う代わりに五感を1つずつ失っていく」という設定に、「重くて見ていられない」という声が続出。見応え十分の作品であるにもかかわらず、苦戦傾向が見られます。
その点、冬ドラマの最後であり、2月3日にスタートしたばかりの『お別れホスピタル』(NHK総合)は、終末期医療がテーマの作品だけに、もう「重い」なんてレベルではありません。
ただその一方で、休日の土曜夜に見るのは勇気が必要な物語であるにもかかわらず、「見はじめたら途中でやめられない」「引き込まれ、考えさせられる」という作品でもあります。
開始15分で3人が立て続けに死亡
舞台は、みさき総合病院の療養病棟。主人公の辺見歩(岸井ゆきの)は、ここに勤める2年目の看護師で患者たちの最期を見届けています。
陰で「ゴミ捨て場」とも呼ばれる療養病棟の描写は、第1話から強烈でした。何しろ開始わずか15分間で3人の高齢女性が立て続けに死亡。「ほんの数時間前まで元気だったのに」「1人じゃ寂しいから3人一緒に逝ったんですかね」「案外気が合ってたのかもね」「今ごろ3人でお茶してたりして」という看護師たちの会話も、「自分のメンタルを保つための諦観なのかな」と思わせるほどのリアルさがありました。
気になって沖田×華さんの原作漫画も読んでみたら、亡くなった3人の性格や病状などがもう少し詳しく紹介されていました。でもそれを映像に落とし込むとさらに重くなる上に、ドラマよりドキュメントに近くなってしまうのも事実。「終末期医療の厳しい現実を最初にしっかり伝えておく」という意味でも、スピーディーに見せる形を選んだのかもしれません。
ただ、原作漫画で最も重要であろう「決して仲がいいとは言えなかった3人が天国ではお茶を楽しんでいる」という想像上のシーンはドラマでもしっかり描かれていました。この時点で「今回のスタッフは原作漫画の肝を外さないだろう」と信頼できたのです。
リアルで「重い」シーンはまだまだ続きました。なかでも衝撃的だったのは、歩に「今度2、2で合コンしようか」などと軽口を叩いていた本庄(古田新太)が本音を吐露したシーン。
本庄は「モルヒネか何かで自分のこともワケわかんなくなっちゃうんだろ? それってどんな気持ちなんだろ? 俺これからどうなってくのかな……」と弱音を吐き、さらに「こないだの血液検査、何かの数値がえらいよかったらしくてさ。『俺何だかんだ生き延びるんじゃねえか』って思ってるんだ。奇跡が起こったりしてさ」と自分に言い聞かせるように語っていました。
しかし、本庄は止められていた大好きなタバコを吸ったあと、まさかの飛び降り自殺。歩が立ち会った警察による実況見分のシーンも生々しく、「私たいていのことは食べて寝れば大丈夫なんですけど……」と力なく話す彼女のショックは視聴者にもしっかり伝わったのではないでしょうか。
「命」「死」をめぐる姉と妹の会話
「重い」物語はこれだけでは終わりません。歩の家族を取り巻く状況は、療養病棟と同等レベルの壮絶さがありました。
実家で妹・佐都子(小野花梨)が暴れ、母・加那子(麻生祐未)は、疲れ果ててお手上げ状態。佐都子はいじめが原因で不登校になりました。摂食障害を抱え、自傷を繰り返すようになり、何かあると「死にたい」と言うようになっていたのです。
歩と佐都子の壮絶な会話に当作の本質が表れていました。歩から「生きたくても生きられない人もいるんだよ」と言われた佐都子は「頑張って28年生きてきたから、もういつ死んでもいいかなと思ってる」と力なく返事。さらに「そういう人は死ぬの凄い怖いし、きっとつらいだろうね。でも生きるのがつらい人間にとっては楽になれてうらやましい。そういう人は自分で自分を殺さずに死ねるんだから」と続けました。
ここで本庄の言葉を思い出した歩は、「わかんないよ、死ぬとか。つべこべ言わずに生きろよ!」と強い怒りをぶつけてしまいますが、すぐに我を取り戻して「ごめん。違うの……」と謝罪。どう生きて、どう死を迎えるのか。なかなか答えが見つからないその意味を考えてもらうためのドラマであることがうかがえるシーンでした。
劇中で歩の「重度の医療ケアが必要で自宅では家族が介護できなかったり、一人暮らしで生活が成り立たない。そういう患者さんを受け入れるのが療養病棟で、一度来たら元気になって退院していく人はほぼいない」という言葉があったように、そこで働く人々の日々は壮絶。単に患者たちの苦痛を取り除き、世話をするだけでなく、「その人らしい生き方をしてもらうために奮闘し、最期を見届ける」という重責を担っています。
「高齢化が進行し、7割以上の人が病院で最期を迎える」「未婚、離婚、死別などで孤独な高齢者が増えている」という日本における療養病棟の重要度は高い……そのことに多くの人々が気づいている今、『お別れホスピタル』は「重いけど見ずにはいられない」という作品なのでしょう。
昭和・平成の名優たちが熱演を披露
そして当作の見どころとして、もう1つ欠かせないのが、出演俳優の顔ぶれと熱演。
第1話では、主演の岸井ゆきのさんを筆頭に、医師役に松山ケンイチさんと国広富之さん、看護師役に仙道敦子さんと内田慈さん、患者役に古田新太さん、丘みつ子さん、木野花さん、松金よね子さん、さらに患者の家族として泉ピン子さんらが出演していました。今後も根岸季衣さん、高橋惠子さん、樫山文枝さん、筒井真理子さんらの出演が予定されています。
いずれも昭和・平成のドラマや映画を彩ったスター俳優であり、最期に向かう、あるいは家族の最期に向き合う熱演を披露。これだけのベテランが集まり、渾身の演技を見せる作品はめったにありません。視聴率やスポンサー企業の意向から、現役主演クラスや若年層のキャスティングをしなければいけない民放では難しい顔ぶれであり、NHKの作品ならではと言っていいでしょう。
同作は、原作漫画・沖田×華さん、脚本・安達奈緒子さん、演出・柴田岳志さん、音楽・清水靖晃さんら2018年夏に放送された『透明なゆりかご』と、ほぼ同じスタッフで構成されています。同作が「産科の物語を安易に美化せず、フラットな目線から描いて称賛を集めた」ことが『お別れホスピタル』の品質保証であり、「重くても見たほうがいい」「全4話だから早いうちに見て」と勧めたくなる最大の理由かもしれません。
正直このテーマでは高視聴率獲得は望みづらく、現在の民放で放送するのは不可能でしょう。しかし、高齢化社会が進む中、社会的意義は大きく、「NHKのドラマはこうあってほしい」と感じている人は少なくないのではないでしょうか。
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。