人生にはさまざまな出会いがあります。いつも黙って愚痴を聞いてくれた兄のような今は亡き先輩、役者への思いを諦めさせてくれた舞台、私を輝かせてくれたあの人この人など、数え上げたらきりがありません。その中で今回はある名画との出会いについてお話しします。

その名画とは草間彌生くさまやよいの作品『朝が来た』。かつて〈新日曜美術館〉の司会を6年担当し、その中で覚えたのが画廊巡りでした。その日も美術館からの帰り道、青山通りで偶然出会ったのがこの作品でした。早歩きの私、ふだんならやり過ごしてしまうところですが、出会いとはこういうものなのでしょうね!

真っ赤な地に薄いピンクの泡のような小さなドットが一面に浮かぶ中に白いコーヒーカップが 描かれています。カップの表面には「LOVE FOREVER 2004」、 右下には「Yayoi Kusama」のサイン。しかし購入の決め手となったのは左下に書かれていた文字「朝が来た」!

この作品と出会ったのは16年前。当時55歳の私は定年が迫り、加えて仕事や介護などが複雑に絡み合って押しつぶされそうになっていました。そんなある晩、ベッドに入るといきなり胸の苦しさを覚えました。規則正しく打っていた脈が突然飛び、胸が「ウッ!」と締めつけられます。不定期に脈が飛ぶ初めての体験。「このまま明日、目が覚めなかったら?」と唇が乾くような思いで天井を見つめ、「皆が困らないためには?」「あれもこれもやり残したままなのに?」と最悪の事態ばかりが頭をよぎりました。

しかしその後、仕事も介護も家族や周囲の支えで何とか進むようになると不整脈も徐々に緩和していきました。そんなときに出会ったのがこの作品だったのです。

「朝が来た」の文字を目にしたとき、これは私の心の叫びだと思ったのでした。そして「二度と来ない今日という一日を大事に大切にしよう」と、このとき以来毎日、居間に掛けているこの絵を見ながら思い続けています。

(いしざわ・のりお 第2・4水曜担当)

※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年12月号に掲載されたものです。

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