テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、夜ドラ「ミワさんなりすます」です。

市原悦子が演じる家政婦・石崎秋子が、セレブリティの家で起こるもめごとに首を突っ込む往年の名作「家政婦は見た!」(テレ朝)。

好奇心旺盛で洞察力の鋭い秋子がのぞき見&盗み聞き&詮索。醜聞や騒動の顛末を家政婦仲間と茶飲み話のネタにする。かなりあさましいが、市原悦子の類まれなるチャーミングさと情け深さが勝り、超人気シリーズに。悪しき人の化けの皮を剥がすのが得意だが、常に孤独と寂寥感を抱いている秋子に、多くの女性が共感した(と思う)。

そんな名作が時を経て、サスペンス仕込みのホームドラマ「家政婦のミタ」(松嶋菜々子主演・日テレ)、コメディ仕立ての必殺仕事人風ドラマ「家政夫のミタゾノ」(松岡昌宏主演・テレ朝)と、オマージュ&パロディでにぎやかされてきた。もうそろそろ「ミタ」ネタは頭打ちと思っていたら、まさかのNHKが! 

二番煎じどころか出涸らしでは? と心配だったのが「ミワさんなりすます」だ。「家政婦」モノだが、もはや「ミ」しか踏襲していない。しかもなりすますってどういうことよ⁉ と思って観始めたら、案外ハマっちゃってね。


罪悪感と多幸感のせめぎ合い

主人公の久保田ミワ(演じるのは松本穂香)はややコミュ障気味の映画マニア。レンタルDVD店でアルバイトをするも、同僚に仕事を押しつけられてばかりの日々。マニアっぷりを活かした接客態度が仇となり、理不尽にも解雇されてしまう。

そんなミワが「神」と崇拝するのは、俳優・つみたかし(堤真一)だ。日本だけでなく海外の映画にも出演する名優で、演技に対する真摯さやストイックな生きざまが語られてはいるものの、私生活はあまり知られていない。

ミワの部屋は八海崇で埋め尽くされている。出演作品はセリフをノートに書き移し、秒単位まで記憶するほど繰り返し鑑賞。日々ネットで八海情報も検索しまくり、密かに自宅もつきとめている熱狂的ファンだ(ちょっと怖い)。

あるとき、八海が家政婦を募集したことを知ったミワ。偶然にも、家政婦として働く予定だったさくら(恒松祐里)が目の前で交通事故に遭い、ミワは助けながらも彼女のIDを盗み、家政婦のミワさんになりすますことに。

なりすまして崇拝する俳優の屋敷に入る背徳感。語学堪能・有資格者と嘘をついて、神をだます罪悪感。初めは疑われたものの、真面目に働いて、敏腕マネージャー・藤浦(山口紗弥加)やベテラン家政婦・一駒(片桐はいり)から信頼までされちゃって。もともと小心者のミワの心は千々に乱れる。バレる不安、でも神のそばにいられる多幸感。詐称という罪を犯している不安、でも神と対話できる幸甚。

前半は、この悩ましいせめぎ合いが物語を引っ張る。一見、おどおどして鈍くさく見えるが、映画の話になると息継ぎを忘れてしゃべり倒すミワ、松本穂香は適役だ。松本は過去にも、腐女子(BLマニア)の役を演じたことがあるし、ペット依存症や発達障害など「生きづらさを抱える」役もこなしてきただけある。大御所が大御所を演じる妙、堤真一も品格と貫禄があってちょっと素敵。いや、かなり素敵。


身バレしてからは別の障壁が

中盤では、本物の美羽さくらが登場。実はさくらも八海ファンで、なりすましを継続して情報を流すようミワを脅迫。ファン同士でめっちゃ盛り上がるのだが、詐欺罪? プライバシーの侵害? いずれにせよ共犯なわけだ。そして、八海までもが事実を知りながら、なりすましの継続を打診する。すっかり神のお気に入りになっちゃうミワ。おいおい、ロマンスにもほどがある! 

なりすましの本人、そして神からも認められちゃったら、スパイスがなくなってしまうではないかと思いきや、である。敏腕マネの藤浦や他の家政婦たちはまだ知らない。また、ミワの元彼・紀土(水間ロン)も、なりすましは知らないものの、ミワが八海邸の家政婦をしていることを知り、ちょいちょいちょっかいを出してくる。この大口を叩く元彼の存在は、軽薄だが実に不穏で、かつ重要でもあり。さらには、若手女優の五十嵐凛(伊藤万理華)も、八海と心の距離が近い家政婦ミワに疑念を抱き始めるようだ。

主人公に都合よく事が運ぶと思ったら大間違い。決して危機が去ったわけではないし、八海が引退を考えているという別の大問題も浮上。浮かれたり、落ち込んだり、びびったりで、心中ざわつきっぱなしのミワがはたしてどんな結末を迎えるのか。「推しごと」が運よく本当の「お仕事」になっちゃう幸運で終わるはずがないだろうし、今後の生活どうすんだ、と厳しい現実も見据えなければいけないし。

そうそう、時折出てくる街角の占い師も気になる。演じるのは梅沢昌代、彼女は出番が少なくてもドラマの中で緩急をつける重要な役どころが多く、過剰に期待をしてしまう(ただの占い師で終わるはずがない!)


「夜ドラ」のゆるさと手繰らせる妙

昨年から始まって、「時間帯」「短さ」「手軽さ」「ゆるさ」「連続性」で若年層を狙う「夜ドラ」だが、正直、若い人がめっちゃ夢中になっているとは言い難い。若くない私ですら、最終話まで夢中で観たのはたったの4作だ。うち、2作は大阪局制作という偏り具合。あ、どの作品か気になるよね。「事件は、その周りで起きている」「あなたのブツが、ここに」「作りたい女と食べたい女」「わたしの一番最悪なともだち」である。「ミワさんなりすます」も完走できそうなので、5作目となる予定だ。

手軽さとゆるさの中に、手繰らせる(つまり明日も観たいと思わせる)力があるかどうか。そういう意味では、この「ミワさんなりすます」は非常に魅力的でもある。手に汗にぎるほどではないにせよ、罪を抱えた主人公の行く末は気になってしまうもの。

実は、今期の民放局ドラマでも「罪を抱えた主人公」「なりすます主人公」が意外と多い。詳細は割愛するが、教員免許偽造で詐称をしていた人もいれば、娘のために殺人を犯した父もいるし、殺し屋になりすます会社員もいる。罪の意識や苦悩を背負わせると、人物や物語にコクと深みが出るものだ。

世の中、清く正しい人たちばかりではないし、よからぬ欲望は誰もがもつもの。無欲な人間ほど面白くないものはないし、ドラマにならないと思っている。ミワさんはバカ正直で小心者で限りなく善人なのだが、欲望に抗えなかった弱さがある。逆に、なりすますなんていけしゃあしゃあ図々しい、とも思う。そこがなんというか生臭くて、魅力的なのだ。うしろめたいヒロインを最後まで見守ろうと思う。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。