11月14日に放送された「大奥Season 2」第17回は、志半ばで病を患った老中・阿部正弘(瀧内公美)が、第13代将軍・家定(愛希れいか)に最期の別れと感謝の気持ちを述べる場面は号泣必至! シリーズ屈指の名場面となった。
その15分後に同じくNHK総合テレビで放送されたのが「100カメ」。今回の舞台はドラマ10「大奥」撮影の舞台裏を100台の小型カメラでのぞき見するとあって、そのまま視聴した人も少なくないのではないだろうか。
「100カメ」とは、毎回ある場所に100台の小型カメラを設けて撮影し、その場にいる人々を観察するというドキュメンタリーバラエティ番組。初回放送(パイロット版)は2018年9月17日、週刊少年ジャンプ編集部に密着する内容だった。これは本当にインパクトがあった。
各編集部員の机はもちろんのこと、打ち合わせスペースや編集長の机など、ありとあらゆる場所にカメラを仕掛け、編集部員の雑談や独り言、仕事に専念している様子などを切り取り、「もっと見たい!」と思わせるもので、あっという間に番組のファンになった。それと同時に、こんなに時間と手間のかかる番組を週1ペースで放送できるのだろうか? スタッフ大丈夫? と危惧していたら、2022年からは不定期特番から、レギュラー+シーズン化。現在はシーズン4が放送中だ。シーズン中は毎週放送されている。
今回、番組が密着したのは、「大奥Season 2」の収録1ヶ月前に行われたカメラテストの日と、スタジオ内に江戸城のセットを作る様子、スタジオ収録初日。密着対象者は総勢50人以上もいる大奥美術部だ。内訳は、メイク、かつら、衣装、特殊メイク、大道具、小道具、造園、特殊効果など多岐にわたる。カメラテストとは、演出がメイクや衣装などのカメラ映りをチェックすることだ。
ここでスポットが当てられたのは、「大奥」男女逆転の元凶となった疫病「赤面疱瘡」。高熱を発し、全身に赤い発疹を生じたのちに数日で死に至る、若い男子のみに罹患する病だ。Season1でも登場していたが、特殊メイクチームは、出来栄えに納得いかなかったというのだ。
正直なところ、全身を覆う赤いブツブツはじっくりと見るものでもないし(むしろ薄目で見ていた)、長く映されるものでもないのに、「リベンジしたい」という特殊メイクチームの意気込みに驚かされる。たくさんの箱に入っているのは、病気の進行度合いに合わせた、発疹のピース。「ハムみたいなやつが中程度」「サーモンみたいなのが軽症」「みんなの感覚でつけてください。ビュッフェ方式で」って、逆においしそうに見えてきた(笑)。
罹患患者役のエキストラに特殊メイクを施す所要時間は90分。この日はカメラテストなので軽度と重症の2パターンを用意する。これで、カメラ映えを確認するのだ。完成度は番組やドラマで確認してもらうとして、演出も「これ死ぬよね」と納得する、Season1よりもリアリティのある出来栄え! 赤面疱瘡が流行していた場面では何十人もの子どもや青年が横たわっていたが、時間をかけて一人ひとりにこうしたメイクを施していたのかと思うと、それだけで圧倒される。
それにしても、このカメラテスト。ライティングひとつで見た目の印象が変わるため、俳優が撮影に入る前から、こうして一つずつ実際にカメラを通して映像を確認しているのか、と驚かされた。また、生地から選んで仕立てた渾身の衣装も、カメラを通して見ると「モアレ」(細かい柄にしま模様が見えてしまう現象)が発生してしまい、あえなくボツに。特殊メイクや衣装、大道具などはこのカメラテストよりも前から準備を進めており、カメラテストで問題が生じれば、本番までにそれを改善しなくてはならなくなる。気の遠くなるような作業だ。
スタジオ撮影を迎えるにあたっても、大道具、小道具、造園チームなどはその前からスタジオに入って、180坪もの広大なスタジオ内に江戸城のセットを設営。一方、衣装チームはエキストラを含む出演者の衣装を運び込んでいく。徳川6代分の衣装は大河ドラマ超え。「大奥」は、「いっそ大河ドラマで、こぼれたエピソードも含めて全部映像化してほしい」という声が多いが、本当に大河ドラマでやったら、とんでもない衣装の数になりそうだ。
いよいよスタジオ撮影初日。朝7時に素顔のままの蓮佛美沙子さん(広大院)、瀧内公美さん(阿部正弘)などがメイクルームに入ってくる。時代劇ではメイクだけでなく、かつらを付ける必要がある。かつらはただ被せるだけではなく、顔周りの地毛をかつらに組み込むことで、よりなじませる方法を取っている。70歳の広大院は、結った髪に白髪が混じっているため、かつらになじませる際に、地毛を白髪に見せていく作業が発生する。
じっと座っていた蓮佛さんが、「あー、なんかそんな気がしてきた!」と一言。メイクをしている過程で、役柄がわかってきたというのだ。こうした瞬間をおさえられたのは、まさに、無人小型カメラの本領発揮。スタッフも俳優陣もはじめは、「こんなにカメラあるの?」と驚いていたものの、ずっと意識しているほど暇ではなく、自分のやるべきことに専念しているうちにカメラの存在を忘れ、こうした素の部分が出るようになるのか、と改めて「100カメ」の底力を感じさせられた。
出演者のメイクや着付けが終わったら、いよいよ撮影開始だが、「モニターチェック」→「直し」→「本番」という段階があり、ワンカットごとにメイクや衣装スタッフが入り、お直しを入れていく。スタジオでの撮影の様子は、控室やメイクルーム、衣装ルームなどのモニターにも映し出され、美術部の面々は、目の前の自分の仕事をこなしながら、モニターも常にチェック。スタジオに入って直すタイミングを見計らったり、メイクやかつら、衣装が乱れていないかを注視したりしている。かつらから乱れた1本の髪や着物から飛び出ている糸も見逃さず、確実に直していく。
撮影初日の山場は、阿部正弘が、父から虐待を受ける家定を守るために作った大奥を見せる場面の撮影。御鈴廊下にずらりと並ぶ24人の美男も、美術チームが総出でメイクや衣装を施し、撮影時間に間に合わせてきた。さすがプロ。
いよいよ本番の撮影。「家定さまのお気持ち整ったらスタートさせていただきます」というスタッフの声が心に響く。細部に至るまで、大勢のスタッフたちが現場を作り、俳優陣の装いを整えたからこそ、そこで演じる彼らの気持ちもより高まるもの。ドラマは毎回、熱演や怪演ぶりが話題になっているが、こうしたスタッフたちのプロ魂が根底に流れていることがひしひしと感じられた。また、時代劇の撮影がいかに大変かも垣間見えたし、4Kや8Kなど、映像技術が高くなればなるほど、細部まで気が抜けず、カメラテストがますます重要なのも理解できた。
この「100カメ」、NHKラーニングの「100カメの作り方 」という動画によると、放送1回分に使うSDカードは180枚、総録画時間は2160時間にも及ぶそうだ。しかも、撮影後は1ヶ月かけてスタッフが録画した映像を、目を皿のようにして確認する作業が待ち構えている。30分番組でオンエアされるのは、わずか0.03%未満。今回の「大奥」でも、99.97%の映像がお蔵入りしたのかと思うと、贅沢というかなんというか……。だからこそ、ぎゅぎゅっと凝縮した現場の臨場感に圧倒されるし、さらには人間味があれているので、楽しくて面白い!
「大奥」ファン必見の、「100カメ『大奥美術部』」は、NHKプラスで11月21日(火)23:28まで配信中。
兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。