10月25日、東京・渋谷のNHK放送センターで、NHKスペシャル「神の子はつぶやく」(11月3日午後10時放送)の取材会が行われ、出演者の河合優実さん、田中麗奈さん、根本真陽さん、演出の柴田岳志さんが出席した。

「神の子はつぶやく」は、親が信じる宗教への信仰を強いられてきた“宗教2世“たちの姿を見つめる2本シリーズで、10月29日に放送される第1回は、長期密着ドキュメンタリー「ドキュメント“宗教2世”を生きる」。11月3日に放送される第2回は、当事者や家族への取材を基にしたドラマとなる。

【ドラマのあらすじ】
ある宗教を信じる家庭に育った、姉と妹。
幼少期から“神の子”として育てられてきた彼女たちは、熱心な信者である母親に、学校でのつながりや部活、カラオケ等の楽しみを禁じられる。日曜は、何よりも優先して集会に参加し、神に祈る。そんな彼女たちの心は、成長と共に窮屈に縛られていく。たこ焼き屋を営み、慎ましくも幸せになりたいと願ったはずの家族。妻と娘たちとの絆を信じた父が病で命の危機を迎えた時、それぞれの“信じる”気持ちが壊れ始める…。
姉妹は生き方を分かち、それぞれの道で悩む。そして問う。「お母さんはどうして神様を信じたの?」。
当事者たちへの取材から見えてきた“宗教2世”の知られざる葛藤。善と悪を分ける“神の教え”と“親への愛”の狭間で激しく揺れる心に光を当て、姉妹の“個”の視点を通じ、深く掘り下げて描く。

“当事者は特殊な人たちではない”

当事者への綿密な取材に基づいて制作されたこのドラマ。演出の柴田岳志さんが取材を通して感じたのは、当事者の人たちは決して特殊な人ではないということだった。

「実は特殊な家庭、特殊な人たちの話ではなくて、誰にでも起こりうる話なのだと思いました。日本の新宗教を信仰する人は圧倒的に女性が多いのですが、貧困や格差の問題があります。その中で子育てや介護は全部自分、夫は多忙で相談相手もなく、何を心の支えにしたらいいんだろうという時に新宗教が支えになっていくという現実を感じました。また、親が子どもに価値観を押し付けざるを得ないことは宗教以外でもあるし、親子の葛藤という意味では、普遍的な話だと思ったんですね。このドラマでは宗教2世を題材にしているけど自分ごととして考え、この問題を考えていければいいんじゃないか。そんな思いでこのドラマを作りました」(柴田さん)

主人公の木下遥を演じたのは、河合優実さん。母親がある宗教の信者で、物心つく頃から礼拝や炊き出しなどの活動に参加し、学校で友人と遊んだり、修学旅行などの学校行事への参加を禁じられたりしていることから、学校に居場所がない。そんな遥を演じるにあたって、自分にできることは「想像することしかない」という河合さん。

「境遇としては自分と離れていますし、その人の人生を経験することはできません。私は特定の宗教を信じていないけど、家族の習慣やルールはあります。それと同じように彼女の家には宗教があって、お祈りをして、礼拝をして、といったことが当たり前になっているものの、自分で信じるものを選ぶことができなかったという境遇を、心を尽くして想像し、丁寧に演じました」(河合さん)

ある宗教を熱心に信仰し、遥と妹の祈(根本真陽さん)にもその教えを守らせる母親・愛子を演じたのは田中麗奈さん。ドラマでは、社会人になったばかりの愛子が会社でうまく仕事をこなすことができない中、たこ焼き屋を営む木下信二(森山未來さん)と出会う。結婚して子どもにも恵まれたものの、信二が家族の連帯保証人になっていたことから莫大な借金を背負い、生活は困窮。信二は土日を返上して家族のために働き、愛子も生活を切り詰めて頑張るものの、やがて疲弊していく。そんな中、ある宗教に出会うことになる。

「愛子が宗教に入って2人の娘の運命が決まっていき、親が与える影響というものをすごく感じました。彼女は宗教に入っている人という前に一人の女性、妻、母です。どう生きてきて、夫と出会ったかなど、愛子の人物像がしっかりと脚本に描かれているので、身近な存在として彼女を見てもらえるのではないでしょうか。2人の娘や家族を守りたいという気持ちを大切にしているのですが、彼女はとても真面目なので、突き進んでしまった。それが娘たちを悩ませることになるのですが、人間が持つ愛情を描いていてとても素晴らしかったですし、脚本の力に自分も引っ張っていただけたような気がします」(田中さん)


4人の俳優が議論 セリフの変更も

撮影は可能な限り順撮り(物語の時系列に合わせて撮影)をしたという本ドラマ。そうすることで登場人物がどういう人生を歩み、家族を含めたさまざまな人と言葉を交わしてどんな感情が芽生えていったのか、といったことを少しずつ積み重ねていったという。

「現場では、セリフを交わす中、それらをどう感じるかを河合さん、根本さん、田中さん、森山さんの4人で1つずつ確認し、新たな発見があれば取り入れたり、セリフを変えたり、といったことをしてきました」(柴田さん)

そうして変更になった場面の一つが、家族の中で唯一、その宗教を信仰していない信二と娘たちの会話のシーンだ。遥が信二に「神様っていると思う?」と問いかけると、信二は「僕にとっては家族が神様みたいなもの」と答える。脚本ではもう少しシンプルな答えだったが、信二を演じた森山未來さんは、この場面の撮影前に、演出の柴田さんにセリフについて相談していたという。しかし、柴田さんは本番前に、姉妹役の河合さんと根本さんに森山さんがセリフを変更するということを伝え忘れてしまった。いざ本番が始まり、森山さんから発せられたセリフに驚いてもおかしくないところだが、二人はそのまま演技を続けた。

「宗教を信じていない人にも信じているものはあり、それが父の信二にとっては『家族』だったというのがとてもリアルな価値観で、あのセリフが宗教とか神様というもののとらえ方のスケールをがっと広げてくれた感じがしました。初めて触れるセリフだったことで、より新鮮に感動できました」(河合さん)

柴田さんも、自然に芝居を返した二人に感動。「台本で感じる以上の何かが見えてくる瞬間でした」と振り返る。


出演者が語る ドラマの見どころは

取材会では、最後に出演者3人がみどころについて語った。河合さんは、「ドラマがみなさんの中で何かを考えるきっかけになってほしい」と話す。

「宗教2世という問題について、私たちが裁いたり批判したりするのではなく、あえてフラットになるように作っています。宗教に対してアレルギーがある人、そうでない人、当事者など、できるだけ広く、こういう人生を歩んでいる人がいるということを届けられたらいいなと思っています」(河合さん)

田中さんもまた、ドラマがきっかけでさまざまな意見が交わされることを願っている。

「宗教や政治についてあまり公の場で話すのはよくないというように育てられてきたのですが、私たちはこのドラマの撮影を通して意見を言い合ったり、共感し合ったりすることができました。そういうことが、このドラマを見てくださった方の間でも行われたらいいなと。何がいい、悪いではなく、人それぞれのはず。個人を尊重しつつ、共有できる。そういうことができる世の中に少しでもなればいいですし、このドラマから何かを感じてもらえればと思っています」(田中さん)


NHKスペシャル シリーズ“宗教2世” ドキュメント「“宗教2世”を生きる」
【放送予定】10月29日(日)NHK総合 午後9:00~9:49
NHKスペシャル シリーズ“宗教2世” ドラマ「神の子はつぶやく」
【放送予定】11月3日(祝・金)NHK総合 午後10:00~11:30

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。