最新のエッセーは月刊誌『ラジオ深夜便』9月号で。
初夏、テラスに出ると、むっくりと膨らみがある蜂がキャッと言わんばかりに、ブン!と飛び去ります。あれ? 百花繚乱の季節に蜂も来るよねと私は寛大です。日当たりの悪い中庭には連日、ヒヨドリが出入りし、巣を作るべきか決めかねているようです。どこかからビニールひもを運び込んで、巣の土台を築き始めました。生きとし生けるもの、陽光を浴びて、生命を輝かせています。
私の日課は毎朝の水やり。木々に挨拶をしているので、ちょっとした変化にも敏感です。そんなある夕方、金木犀の細枝にしがみついている「件の蜂」を発見。なんと、巣作りをしている⁉ たった独りで精勤しているけなげさに、写真と動画を撮影し、娘のスマホに送りました。何蜂だろうねえ?と言葉を添えて。
娘婿から即答がありました。「オオスズメバチです! 私は既に一度刺されているので、次刺されたら死にます。速攻、退治してください」。巣作りをするのは女王蜂だそうです。
慌てました。飛び去った隙に、枝ごと切り落とし、事なきを得ました。以来、その木の周辺の巡回を怠ったことはありません。
その6日後、来客で終日歓談し、外を見る時間がなかった夕刻、テラスをのぞいたら、なんと、前の10倍はあろうかと思う巣を発見。たった半日で、この規模の家を作ったのかい? 相変わらず、女王様は孤独な作業に勤しんでいます。熟考すること数秒でした。区役所に電話すると、明日になるだろう。夫の帰宅は夜だ。勤勉な「彼女」は日の出とともに、建設作業を始めるに違いない。
納戸の奥を漁ったら、10年以上前の「ゴキブリ・ハエ・蚊」に効くという噴霧剤を発見。当たらずとも遠からず。シューシュー直射して、私は室内に逃げ込み、蜂はびっくり仰天して飛び去りました。あとは高枝切り鋏で、バッサリ。その日から、女王様は戻ってきません。危険な相手とわかっていても、どこか、人に危害を与えない場所で、生きていてほしい。全ての命が愛おしく思えるこのごろです
(わたなべ・あゆみ 第1・3木曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年7月号に掲載されたものです。
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