アニメ「青のオーケストラ」に、主人公・青野一のライバル的存在として登場している高校生ヴァイオリニスト・佐伯直。中学時代にコンクールで優勝するほどの腕前を持ち、ときに青野を挑発するような姿を見せたり、ときに積極的に音を合わせにいったり。楽譜めくりをたびたび忘れるなどマイペースでつかみどころがなく、青野と山田が一緒に練習したことを知ってやきもちを焼いたりするようなところもある。そんな個性豊かな佐伯直を演じているのは、声優だけでなく、舞台俳優としても活躍している土屋神葉だ。彼は、佐伯直というキャラクターをどのように捉え、何を意識しながらアフレコに臨んでいるのだろうか。
佐伯直というキャラクターの魅力を伝えるために
――原作コミックスの「青のオーケストラ」もお読みになったと思うのですが、佐伯直を演じるにあたって、気をつけようと考えられたのは、どんなところですか?
土屋 佐伯直は、最初から青野くんにかなりのライバル意識を見せていて、ドイツで生まれ育ったことも明かされていませんでしたが、原作を最新刊まで読んで、彼の過去をすべて掬ったうえで、お芝居に投影させようと思いました。とはいえ、アニメ制作において、こと声の表現においては、キャラクターの裏側まで全部見せるようにしてしまうと、ネタバレになってしまいます。
例えば、佐伯直が青野くんに対してどのような感情を持っているのか?という部分は、意外と、それを最初の一言で伝えようと思ったら、わかりやすく表現することもできるんです。それをいかに「青野くんが感じたような感覚」を視聴者の方に持っていただくかが大事なので、バランスとりながら「表現しきらない」ことにも気をつけながら、佐伯直の魅力を伝えられたらいいなと思いました。
――なるほど、「表現しきらない」ですか!
土屋 秘するが花、ですよね(笑)。
――放送前に行われた「超体験NHKフェス」の「青のオーケストラ トークショー」に参加された際に、土屋さんは「佐伯直の脳内に流れている言語はもともとドイツ語で、言語を変換しながら話しているような感覚があるのではないか」とおっしゃっていましたね。
土屋 そうなんです。僕は、第一言語が日本語ではないキャラクターを演じるのは初めてだったのですが、実は大学時代に、留学生たちとシェアハウスのようにして暮らす国際寮に住んでいて、8か国語を話す友達とか、それこそドイツ人の友達もいて、いろんな会話をするときに、第一言語に変換するときの速度感みたいなものを感じていたんですよね。同じ人物なのに、喋る言語によっては人格が違って感じられたり。なので、勝手にですけれど、佐伯直を演じるうえでは、ドイツ生まれというところもキャラクター造形において大切にしたいなと考えていて。ドイツ語の語順って、言葉の最後まで聞かないと何の話をしているのかわからないようなところがあるなと思っていて、佐伯直も小さいときからドイツ語の聞き方や、ドイツ語でものを考える姿勢が脳に焼き付いているだろうから、もしかしたら青野くんたち、日本で生まれ育った人たちとは、少し違っているんだろうな、というところは意識していますね。
同時に、原作の阿久井真先生にお会いした際に「佐伯直の『直』は、素直の『直』なんです」と教えていただいたので、それも役作りをするうえで手がかりにしました。そして、表現は「総合力」なので、手綱を引いてくださるのはやっぱり岸誠二監督だから、監督の匙加減で全体の調整を取っていただいている、というのをすごく感じています。
――ちなみに、土屋さんとクラシック音楽の関係性について教えていただけますか? というのも、Youtube で公開されている動画(クラシック・マッシュアップ)では、お姉さんの土屋太鳳さんが粗品さんやラン・ランさんとピアノ演奏を披露されていて、もしかしたら土屋家ではきちんとした音楽教育をされていたのではないか、と思ったものですから。そのことも佐伯直の役作りに生かされていたりしませんか?
土屋 もともと母がピアノを弾いていたので、僕もピアノを習っていました。ただ僕は右手と左手が同じ動きしかできなくて(笑)、ちょっと断念したんですけれど。そのクラシックの世界というのは、親戚にオペラ歌手がいたりするので、馴染みはありました。なので、なんとなくは知っていて、それでも深く立ち入る部分ではなかったので、この作品を通して、さまざまなことを知ることができて、すごく楽しいですね。
今回のキャラクターの作り方は特殊で、ヴァイオリニスト=演奏家と、声優、両者が一つになって作り上げる作品なので、それを考えて、佐伯直の演奏を担当されている尾張拓登さんと、実は早い段階で一緒にランチをして、いろいろなお話をさせていただいたんです。作品自体や登場するシーンについて、尾張さんがイメージしている「佐伯直とリンクするヴァイオリンの音色はどんなものだろう」とか、「佐伯直が幼少期に最初に演奏した曲って何だったのかな」とか。佐伯直はおじいちゃんにヴァイオリンを習っていたのですが、弾いていた可能性のある楽曲を尾張さんから教えてもらって、それを聴いたりして。佐伯直の耳に残っているであろうヴァイオリンの楽曲というのを、自分たちなりに膨らませていきました。それは声優として新しいアプローチだったし、音楽って、それだけで本能に訴えかけてくる豊かな世界なので、かけがえのない役作りの仕方だったなと思いますね。
千葉翔也さんとは“同じ村の人”かもしれない
――当初は青野くんを挑発するような態度を見せていた佐伯直は、物語が進む中で、歩み寄る姿勢を見せたり、まだ何かを語ろうとしていたり、青野くんとの関係が大きく変化していく兆しを見せています。その青野くんを演じていらっしゃる千葉翔也さんとのお芝居については、どんな印象をお持ちですか?
土屋 千葉さんとがっつりお芝居するのは、この作品が初めてなのですが、共演できることをとても楽しみにしていました。同年代の声優仲間でご飯に行ったりすると、「どういう声優になりたいか」「どういうお芝居ができるようになりたいか」といった話題になるのですが、「千葉さんみたいなお芝居ができるようになりたいんだよな」という声がよく出るんですよ。千葉さんの醸し出すお芝居は、等身大なところから、アニメーションならではのコメディタッチ、より表現を誇張するところまで網羅している感じがあって、千葉さんを尊敬している同年代も多いんです。
一緒にアフレコさせていただくと、やっぱり感受性が豊かな方なんだなと強く感じます。作品のことを捉える速度とか、多角的に日々考えているんだろうなということが言葉の節々に表れていて、ちょっとびっくりしますね。「あ、ここまで考えているんだ!」という。それが、ふとしたことから垣間見られるので、その奥ゆかしさというか、奥深さを、いつも千葉さんに感じています。
――千葉さんは、土屋さんとのお芝居を、とても楽しいと話していらっしゃいましたよ。青野くんと佐伯直が話をしているときに、それぞれが自分のペースで話している感じがあって、それが逆にすごく心地いい、と。
土屋 本当ですか!? 確かに話すテンポは違うし、千葉さんと僕では、声質も全然違いますけれど、アニメ声優業界というくくりで言えば、同じような役を取り合うようなポジショニングの声であると思っているんです。いわゆる低音域ではなく、かといって高音域でもなく、基本的には中音域の上下でキャラクターにアプローチするという、たぶん“同じ村の人”なんだろうなと感じていて。そんな中で、演じ分けというほどではないにせよ、やっぱり被らないように意識している部分もなくはないですね。
――今後演じていくシーンに関して、考えていらっしゃる演技プランなどはありますか?
土屋 この作品の大きな特徴は、テンポがゆっくりなところで、言葉の言い方自体もゆっくりにすることができるし、言葉の中でどこの文節で切っても、ある程度収めることができる自由度があることなんですよね。なので、ボールドという「このセリフはこのくらいの長さで言ってくださいね」という表示がアニメの中に出るのですが、それをある程度踏襲しつつも、僕が佐伯直として青野くんに伝えたいことを伝え、千葉さんの青野くんがそれに対してのリアクションをする。そこで生まれた感情と感情のぶつかりあい、せめぎ合いっていうところを「間」も使って、セリフのないところの空気感をいかにドラマチックに、お互いの息を、お互いの気持ちを感じ合いながら紡いでいけるかというところが大切にされています。
これから、佐伯直と青野くんの間には大きな変化が訪れるのですが、そのシーンを演じるのが今から楽しみですし、セリフのない場面のお芝居というのは、アニメの中では無音なんですけれど、その無音のところからでも見ている方たちが2人の気持ちの動きを感じ取っていただけるような、そんなシーンになればいいなと考えています。
――お話をうかがっていて、佐伯直をとても楽しんで演じていらっしゃることが伝わってきます。
土屋 そうですね。役者冥利に尽きるような、そんな魅力のある人物を演じられて本当にうれしいので、ご覧いただいているみなさんにも、ぜひ佐伯直というキャラクターを面白がっていただけたらなと思いますね。
――アフレコ収録だけでなく、幕張総合高校オーケストラ部の演奏会に足を運ばれたり、「超体験NHKフェス」や「N響×青のオーケストラ コンサート」にも参加されたことで、そこから受けた刺激もあったと思うのですが。
土屋 もちろんです! それこそN響と「青のオーケストラ」のコラボ・コンサートは、フルオーケストラで、「青オケ」で扱われている楽曲をたっぷり聴かせていただいて、特にドヴォルザークの「新世界より」なんてフルで聴かせていただいて……。あの経験はもう贅沢すぎるし、「これを聴けてよかったな!」って、本当に心が震える思いでした。それは僕だけじゃなくて、秋音律子役の加隈亜衣さんも小桜ハル役の佐藤未奈子さんも同じだったと思います。そしてカーテンコールの際には、演奏もしてないのに、ホールのセンターに立たせていただいたという(笑)。後ろにフルオーケストラがいて、客席にお辞儀をして、拍手をいただくなんていう経験は、なかなか出来ないですよね。「こんな人生があるんだ!」って思ったし、本当に感謝してもしきれません。
――では、土屋さんにとっても、充実した日々になっているんですね。
土屋 とても素敵な作品に出会えたし、ここまで作品を絡めてイベントを作ってくださるというのは、役者にとって、こんなにうれしいことはないんですよね。
エンターテインメントを含む多くのものが消費されていく今の世の中で、どんなに作品作りに心血を注いでも、忘れ去られていくんじゃないかなという寂しさがどこかにあるんですよ。でも、そういった状況の中でも、こういうふうに、いろんなところとコラボされたりとか、それこそキャラクターの演奏に海外の著名なヴァイオリニストも参加されていたりとか、作品の制作に対する覚悟のようなものを感じています。
(後編に続く)
→インタビューの後編の掲載は、8月末、もしくは9月上旬を予定しています。
土屋神葉(つちや・しんば)
1996年4月4日生まれ、東京都出身。2人の姉(長姉は土屋炎伽、次姉は土屋太鳳)がいる。子役、スーツアクターとして活動後、大学在学中の2016年に海外ドラマ「ハイスクール・ニンジャ」吹替版で声優デビュー。2017年には「ボールルームへようこそ」富士田多々良役でアニメ作品に初主演。代表作は「バクテン!!」の双葉翔太郎役ほか。NHKでは、ドラマ10「トクサツガガガ」(シシレオーの声/ショウ/尾上大地、およびコピー機の営業マン役)など。舞台にも積極的に取り組み、7月22日(土曜)からは成井豊脚本・演出の『嵐になるまで待って』(東京・サンシャイン劇場)に出演する。
取材・文・撮影/銅本一谷