報道カメラマンの谷津賢二さん(62歳・写真左)は、アフガニスタンで人道支援活動を続けてきた、医師の中村哲さんの生き方に感銘を受け、亡くなるまでの21年間、中村さんの活動を記録し続けました。その映像を一本にまとめた映画が昨年公開され、多くの人々の感動を呼んでいます。中村医師が現代に遺したものは何か……。カメラを通して中村さんを見つめ続けた谷津さんにお話を伺いました。
聞き手/渡邉幹雄


初取材で見えた“医師・中村哲”

──中村医師の著書をきっかけに、中村医師に興味を持ったそうですね。 

谷津 はい。会社の先輩に薦められて読み始めたのですが、大きな衝撃を受けました。アジアの辺境で、医療行為を施す中村医師の活動はもちろん、物事の本質を端的に表す文章に大変感銘を受けまして。ぜひ取材してみたいと思い、中村医師が所属するNGO団体「ペシャワール会」に連絡を取りました。  

ペシャワール会の方からは「中村医師はあまり取材が好きではないので、取材許可が出るか分かりませんよ」と言われていたんです。そんな中、東京で中村医師と偶然お会いする機会がありまして、「ドキュメンタリーを撮りたいです」とお伝えしたところ、「いつ来ますか?」とすんなりと許可をいただけて、驚きましたね。 

──初めて取材されたのが、1998年4月のことですね。 

谷津 はい。アフガニスタンとパキスタンの国境地帯での巡回診療に、初めて同行取材しました。 

──現地ではどのような医療をされていましたか? 

谷津 最初の診療はとても印象に残っています。馬で2日間かけて訪れたのは……。

続きは月刊誌『ラジオ深夜便』8月号をご覧ください。

※この記事は2023年5月2日放送「医師・中村哲がアフガニスタンに遺したもの」を再構成したものです。

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