知識は武器。連続テレビ小説「おかえりモネ」で聞いた、いちばん好きなセリフのひとつです。「知識が力になること」と「女性が学ぶ機会を奨励すること」というメッセージが、わたしには感じられました。新しさと魅力にあふれたドラマです。
宮城県・気仙沼湾沖の離島で生まれ育った主人公・百音(通称モネ)は、気象予報士を目指して勉強を始めます。しかしその道のりはまっすぐではありません。中学のころは音楽を志しますが、高校受験後に東日本大震災で地元が被災し、楽器の演奏から遠ざかります。誰かの役に立ちたいけれど何をやりたいのか、何ができるのかわからず、高校卒業後、祖父のつてで登米市の森林組合に勤めます。
第1週で、モネの妹・未知(通称みーちゃん)は、「将来、わたしは研究者になって、科学的な見地から水産加工業をさらに発展させる方法を見つけたい」と言います。夏休み、みーちゃんが水産高校の自由研究で取り組むのは「種ガキの地場採苗」(第3週)。震災で打撃を受け、経済的にも厳しい状況に置かれた地元や、祖父のカキ養殖を想ってのことなのに、地元の漁師たちに笑われます。
いわゆる「男女雇用機会均等法」成立から約35年がたち、ジェンダー平等という理想は人々に共有されているでしょう。ただ、2018年に発覚した東京医科大学での女性受験者への不当な減点のように、日本ではまだまだ女性の学ぶ機会、特に理系への道は差別的な構造によって阻まれています。ドラマでは、モネの上の世代の女性たちが、自分の好きなことや望む仕事を選べなかった時代についても触れられます。だからこそモネの周囲の大人たちは、次世代に「自分で選ぶこと」を奨励するのかもしれません。
森林で経験した“事件”をきっかけに気象予報を学び始めていたモネは、みーちゃんの後押しもあり、雲がなぜできる? という素朴な疑問から勉強を続けます(第5週)。一方、木材を使った新事業を任され、地元小学校への学童机供給を、雲ができる過程の水分の蒸発と空気の循環の勉強などをヒントに成功へと導きます。木、水、風、土、太陽という自然をめぐる知の探求が、周囲との協力や時間を経て、仕事に結びつく試行錯誤にはわくわくさせられます。
モネの勉強につきあうのは、組合併設の診療所勤めの医師・菅波。男/女の権力構造において、自分の知をひけらかし、教え諭すような一方的なかたちではありません。モネが自力で学べるまで伴走する菅波の姿は「マジョリティーからの既得権益の再分配」の象徴に見えます。冒頭のセリフも菅波の言葉です。
ある日、2160円の参考書を買ったモネは「図書館で借りればよかったかな」とつぶやきます。誰もが同じように学ぶ機会を得られるわけではなく、お金をはじめ個人の力ではどうにもならない条件によって、選択肢が狭められることもある。そんな現実へのまなざしも感じられる、ささやかな描写に、ぜひ注目してみてください。
(NHKウイークリーステラ 2021年8月20日号より)
1982年、高知県生まれ。ライター。ジェンダー、セクシュアリティ、フェミニズムの視点から小説、映画、TVドラマの評、論考を執筆。『キネマ旬報』『新潮』『現代思想』『ユリイカ』などに寄稿。近著に『「テレビは見ない」というけれど』(共著/青弓社)。