NHKの視聴者層はどうしたら拡大できるのか。
その任務のために出来た枠の一つが、月~木の帯夜ドラだ。
ほぼ1年、さまざまなドラマで挑戦してきたが、今回の『超人間要塞ヒロシ戦記』はほんの少しだが新たな鉱脈を掘り当てた。
コア層(13~49歳)で、今までNHKをほとんど見なかった人々に、どうしたらNHKを見てもらえるのか考えてみた。
帯夜ドラという存在
帯夜ドラは、昨春の改編で出来た放送枠だ。
60年超の歴史を誇る朝の連続テレビ小説を意識して、夜10時45分から15分の帯番組とした。
これまでの主な主演者と作品は以下の通り。
井上祐貴 『卒業タイムリミット』
眞栄田郷敦『カナカナ』
仁村紗和 『あなたのブツが、ここに』
井ノ原快彦『つまらない住宅地のすべての家』
比嘉愛未 『作りたい女と食べたい女』
丸山礼 『ワタシってサバサバしてるから』
高山一実 『超要塞人間ヒロシ戦記』
60年以上の歴史を持つ朝ドラは、テレビ離れで視聴率減少が顕著な今も二桁を維持している。
その朝ドラを視野に入れ、15分という短さと連日の放送で、タイパを重視する若者を取り込もうとした。
テーマも若年層を前提にしている。同枠1本目を学園ものとしたのも、そうした意図からだった。
これまでの現実
ところがスイッチメディアのデータをみると、ここまでは狙い通りとは限らなかった。
男女年齢別でレーダーチャートを作ると、若年層の個人視聴率が低く、逆に中高年が極端に高くなる。各層がバランスよく視聴してくれれば、グラフは美しい多角形となる。ところが帯夜ドラは、どの作品も茄子のように下に膨れ上がった形になってしまっている。
例えば若者にターゲットを絞った学園ものの『卒業タイムリミット』は、最大視聴者層は3層の65歳以上で、次が2層の50~64歳だ。
T層(男女13~19歳)は、4層の1/6~1/9に留まった。
しかも個人視聴率を上げようとすると、中高年に寄って行ってしまう。
例えば視聴率トップクラスの『あなたのブツが、ここに』は、4層がT層の13倍ほどとなった。中高年はテレビ視聴者の6割を占めるが、このボリューム層にうけると個人全体が上がる。
ただし、これでは若年層を狙うと決めた昨春の改編方針の通りにはならない。今までの大半のNHKの番組と同じになってしまうのである。
ところが『超要塞人間ヒロシ戦記』は少し違う。
形が比較的整ったのである。これは3~4層の数字が他の作品より大きく低いからだ。このボリューム層に見られないため、個人全体も全作品中最下位となった。
それでも、新たに得たものもあった。
FT(女性13~19歳)とF1(女性20~34歳)でトップクラスに躍り出たことだ。
女性若年層で一歩前進
若年層の部分を拡大してみよう。
3~4層と同じように、M2(男性35~49歳)は最下位だ。
普通の青年・ヒロシ(豆原一成)が、実は内部に6000万人のスカベリア人が暮らす人型要塞戦艦で、艦長・アケミ(高山一実)らが操縦しているという設定だ。
このあり得ない物語に、大人や高齢者の多くは早々に脱落してしまったようだ。
MT(男性13~19歳)とM1(男性20~34歳)も凡庸な数字だ。
ヒロシに恋をした大学生・しずか(山之内すず)が迫って来るが、そこを何とかかわそうと艦長や乗組員たちの奮闘が続く。この恋愛コメディSFに、どうやら男たちはなじめないようだ。
ところが女性は違う。
F2(女性35~49歳)は、最下位だったM2と異なり全体の中位を保った。そしてF1(女性20~34歳)だと、『あなたのブツが、ここに』に肉薄する2位。さらにFT(女性13~19歳)だとトップに躍り出る。
若者を狙った学園もの『卒業タイムリミット』にも大差をつけたのである。
獲得した新たな視聴者層
全体の数字を落としつつも、若年女性で健闘した同ドラマ。
これまでNHKをあまり見ない層を獲得できたのだろうか。
特定層別の個人視聴率で比較すると、ある推定が成り立つ。
「子どもを持つ20~40代女性」では、残念ながら最下位となった。女性コア層の中の「映画・TVドラマ好き」層もダメだった。物語の魅力では引っ張れていない可能性がある。
同層の「芸能人・タレントに興味あり」層もイマイチ。これから活躍が期待される若手が中心で、キャスティングで視聴者を呼び込むまでには至っていなかった。
それでも画期的な現象が起こっていた。
女性コア層の中の「アニメ・漫画・ゲーム好き」層で断トツの1位に躍り出た。あり得ない設定のSFであること、さらに次々と襲い掛かる難局にどう対処するのかという展開が、この層に受けた。
最大の収穫は「SNSヘビーユーザー」層で、2位の1.7倍と大差をつけた点。
普通のドラマにはない極端な要素が、傑出部分に反応しやすいネット民の注目を集めた可能性がある。たとえばSFで恋愛を戦争としたために、敵のしずか(山之内すず)の顔のドアップが多用されている。対する戦艦・ヒロシ(豆原一成)の顔ドアップもふんだんに出てくる。
この美男美女のベビーフェース頻出が、若年女性のSNS好きにハマった可能性がある。
そして傑出を好むネット民こそ、ふだん中庸を行くことの多いNHKの番組を敬遠していただろう。
この意味で同ドラマは、今までNHKが見てもらえなかった新たな視聴者層をゲットしたのではないだろうか。
もう1点朗報がある。
SNSヘビーユーザーで高い視聴率をとる連続ドラマは、終盤に数字を上げる傾向にある。例えば女性主役の民放7ドラマ中、『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)は同層で断トツに1位だが、世帯視聴率が右肩上りの軌跡を描いている。
『超要塞人間ヒロシ戦記』も、終盤に数字を上げる可能性がある。
とんでもない物語を、どう感動と納得を伴う着地に持ち込むのか。制作陣の手腕に期待したい。
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。