ウクライナの芸術家は屈しない 歌い、書き、抵抗し、鎮魂するの画像
2022年、ユーロヴィジョンで優勝したカリューシュ・オーケストラのステージ

文化の殺戮者ロシア
*アンドレイ・クルコフ(ウクライナの作家)の日記から

ウクライナではむかしから、
政治家より、文化人のほうが、はるかに信頼されています。
募金活動でいちばん大きな成果をあげたのは、
音楽家、作家、俳優、ロック・ミュージシャンでした。
驚くべきことではありません。

結局、ロシアの野望とは、ウクライナ文化をすべて破壊して、
ロシア文化とまるごと入れ替えてしまう
そういうたくらみなのです。

もしウクライナ文化が滅べば、もはやウクライナは存在できません。
あたりまえのことです。
ウクライナ人ならだれでも、そのことを理解しています。

プーチンは文化を、独裁権力に奉仕する、都合の良い道具と考えています。
ウクライナではちがいます。文化は権力や政治とは独立しています。

文化は、生きる意味をあたえてくれます。
自分がなにものであるか、それを教えてくれます。
災厄や戦争に見舞われたとき、文化はかけがえのないものになります。

だからこそ、わたしたちは降伏しないのです。
だからこそ芸術家は、兵士のごとく、いのちをかけて反撃するのです。

Andrey Kurkov 「Diary of an Invasion」2022より
            
*アンドレイ・クルコフはウクライナを代表する作家

2014年のマイダン革命以来、ウクライナの表現者は、逆境にもかかわらず、いや逆境ゆえに、創造の炎を燃やしています。
怒り、悲しみ、絶望、希望・・・強い想いがマグマのように湧いてきます。

SLAVAやジャマラのようなポップスターは戦争の現実をまっすぐに受け止め、人びとに力をあたえる歌をつくっています。偉大な作曲家シルヴェストロフは、マイダン革命以来、ウクライナ人の琴線にふれる音楽をうみだしています。

ロズニツァをはじめ才能豊かな映画作家は、危険な前線にカメラをもちこみ、世界に衝撃をあたえています。演劇人は戦火のなか、劇場の扉を開けています。

クルコフはじめ詩人や小説家は、図書館や印刷所が壊されてもくじけず、新作の朗読会をひらき、みずからの声で人々に語りかけています。


母なるウクライナ

今年2022年、ヨーロッパ最大の音楽祭ユーロヴィジョンで、ウクライナの代表カリューシュ・オーケストラがみごと優勝しました。

受賞曲は、「ステファニア」。母に捧げたシンプルなオマージュです。
しかし、戦禍のさなかにこの歌をきけば、ただならぬ思いに誘われます。

たとえば、「道が破壊されても、かならずわが家へたどりつく」ということばは、ウクライナの未来を予言しているようにきこえます。
「母」は、ウクライナの象徴ではないでしょうか。

ウクライナでは、戦場へ身を投じてたたかう女性も少なくありません。
この音楽映像にはそうした女性兵士の苦悩も描かれています。
 
※歌詞の大意をご紹介します

ステファニア ぼくの母さん 
野原に花が咲く でも母さんの髪は 灰色に枯れていく

子守歌を歌ってくれ あのやさしい声で

僕らは道に迷い 立ち尽くす
母さんの心はやすまらない

でも母さんからもらった強い心はだれにも奪えない

たとえ道が破壊されても、きっとわが家へたどりつく
たとえ嵐が吹き荒れても 安らかに眠れる

母さんへの愛は変わらない

■ステファニア Kalush Orchestra

この歌の背景となる映像は、ブッチャ、イルピン、ボロディヤンカ、ホストメルなど、ロシアによるおぞましい戦争犯罪がおこなわれた土地ばかりです。

作者のオレフ・プシュクはこう語っています。

「この歌は、ロシアによる侵略がはじまってからは、深い意味をもつようになりました。ストレートに戦争を語っているわけではない。しかし多くの聴衆は、この歌を聴いて、母なるウクライナに思いをはせるようになりました。」


女性と子どもたちを狙い撃つロシア

国連の調査が進み、ロシアの凶悪な戦争犯罪の証拠が次々と見つかっています。

11月28日、ゼレンスキー大統領夫人は、世界53か国の代表とともに「紛争下の性的暴力防止に関する国際会議」(イギリス主催)に出席。
「性犯罪がロシア軍の武器、戦争の手段となっている」と証言しました。

「ロシア兵はウクライナで公然と性犯罪をおこなっている」
「兵士らが罰を受けずにすむとかんがえているかぎり戦争犯罪はなくならない」
として、責任の追及をうったえました。

オレーナ・ゼレンシカ(ウクライナ大統領夫人)

しかし、国際社会の非難が高まっても、ロシアの戦争犯罪は悪質化する一方です。

10月、ロシアはウクライナ全土をミサイルで攻撃しました。一万6000発のうち、軍の施設を攻撃したのはわずか500発で、標的の97%は民間施設をねらったものでした。12月5日も、ロシアは民間インフラや病院をめがけて大規模なミサイル攻撃を繰り返しました。
ロシアは、厳寒と闇の地獄にウクライナ人を閉じ込めたのです。

国際社会はロシアを厳しく非難していますが、戦争犯罪は常態化しています。
12月4日に公表されたOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)の報告によれば、北部だけで441人の民間人の虐殺が確認され、そのうち28人が少年少女でした。

かつてスターリンはウクライナの農民から食糧を奪って、400万人を餓死させました。それとおなじ民間人への攻撃が、はてしなくエスカレートしているのです。

たとえ爆撃をまぬかれても、凍死の恐怖がせまります。この冬、避難を強いられる人はさらに増えるでしょう。すでに難民は一千万を超えています。とりわけ女性と子どもたちへの、さらなる深刻なダメージは避けられません。

© UNICEF/UN0605553/Remp

ウクライナには、女性と子どもたちの受難にひときわ鋭敏な感受性をもつアーティストがたくさんいます。そのひとり、29歳の女性歌手アリーナ・パッシュは、ロシアの無差別攻撃で子どもを失った母親の嘆きを歌いました。

「Heaven」(天国)という歌です。歌詞の一部をご紹介します。

鋼鉄の鳥が襲来 わたしたちの土地を穴だらけにする
鋼鉄の虫が地上をはいまわり、家々を食い荒らす

*歌は、爆撃で死んだ子どもの変わり果てた姿を描きます。
母親は、子どもの小さな可愛い足、天使のような唇を見つめて嘆き悲しみます。
しかし、子どもの魂はもう天国へむかって飛翔しています。

わが子を葬ることほどつらいことがあるだろうか

こどもたちが昇天するとき わたしの魂は泣き叫ぶ 血の涙を流して 
こどもたちが天国へ旅立つとき わたしの魂はすすり泣く 血の涙を流して 

ウクライナでたくさんの子供たちが死んだ
独裁者は核兵器を手にして もっと子供を殺したがっている

ああ神様! 忌まわしい災いからお護りください・・・

■Heaven(天国)ALINA PASH

映像では、ウクライナ文化の古層をおもわせる、厳粛な儀式が再現されています。

アリーナ・パッシュは、多民族社会ウクライナにふさわしい才能のもちぬしです。ウクライナ文化の遺産と、世界を席巻するヒップホップに、いともたやすく橋をかけ、あたらしい表現を生み出しています。

彼女の開拓したスタイルは、「トランス・カルパチアン・ラップ」とよばれています。どういうことでしょうか。

アリーナ・パッシュ

アリーナが生まれたカルパチア地方は、ウクライナの西部にひろがる山岳地帯。
民俗音楽の宝庫として知られています。

わたしはルーマニアからカルパチアの山麓を訪ねたことがあります。
フツル人やルシン人などウクライナの少数民族の故郷であり、千年におよぶ文化の土壌があります。
ちなみに、現代美術の巨匠、アンディ・ウォーホルのルーツもカルパチアです。

歴史のうえでは、オーストリアやポーランドとの縁が濃厚で、深々とした森のなかに、ウクライナ独立をめざすパルチザンが潜伏していたこともあります。

アリーナには、切なる願いがあります。それは、音楽を通して、「ウクライナの文化と歴史はロシアとはまったくちがう」ことを世界に伝えることです。

プーチンは「ロシアとウクライナは一体」というプロパガンダを世界にばらまき「兄弟だから一つになるべき」と強弁。ロシアへの併合を正当化しています。

プーチンの押しつける「物語」に怒るウクライナの若者として、アリーナは、こんなタイトルの曲をつくりました。

「わたしたちは兄弟じゃない」

歌詞の抄訳をご紹介します。

わたしたちの子どもたちは 死体安置所で洗われ
かれらの子どもたちは 暖かい毛布で眠る

わたしたちは 地下の防空壕に身をひそめ
かれらは 悪知恵で制裁をくぐりぬける

いま神は武器を背負い
地平線のかなた ロシアをみすえる
もしロシアに支配されれば、人間らしく生きることはできない

ロシアとウクライナは兄弟じゃない
地球と冥王星ほどにかけはなれている

ウクライナは自由への航海にのりだす
ロシアの船はいずれ沈んでいく

何百年もの間、ロシアの鎖がわたしたちを縛ってきた
いまこそ鎖をとかねばならない 全力を尽くして
神さま わたしたちの声を聞いてください

■わたしたちは兄弟じゃない ALINA PASH

歌とシンクロするアニメーションが印象的です。ウクライナの女性や子どもたちのおかれている耐えがたい日常も伝わってきます。


虐殺された芸術家

10月なかば、ロシアの占領下にあったヘルソンで、ショッキングな殺人事件がおきました。ロシアのプロパガンダへの協力を拒絶した芸術家が、ロシア兵に射殺されたのです。

ヘルソンで生まれ育ち、愛されていた指揮者ユーリ・ケルパテンコ。ウクライナの伝統音楽に造詣が深く、多彩なジャンルで活躍していました。46歳でした。

ロシアへの協力を拒み、殺された指揮者ケルパテンコ

世界中の音楽人がロシアを非難し、ケルパテンコの死を悼みました。
巨匠ズービン・メータはオーケストラとともに黙祷をささげました。
劇場は深い悲しみと憤りにつつまれました。

ロシアの占領地では、ウクライナ文化の記念碑を、ロシア兵がハンマーで壊しています。ウクライナの詩人、作家、哲学者の大切な記憶を暴力によって消し去ろうとしているのです。図書館ではウクライナ語の書物が大量に「処分」されました。ナチスの「焚書」を思わせる蛮行です。
ホロドモール(飢餓殺人)の犠牲者を悼む記念碑も破壊されました。

ISW(アメリカ戦争研究所)の報告では、ロシアの占領当局は、子どもたちに「ロシア化教育」を強制するたくらみに狂奔しています。洗脳教育を拒否する親には、「親権を剥奪する」と脅迫するなど卑劣な手段をいといません。

チェルニーウでは、ロシア軍がアーカイブを襲い、NKVD(KGBの前身)やKGBの記録文書を燃やしました。NKVD、KGBは、ウクライナを恐怖で支配したソビエトの秘密警察です。
ロシアは、戦慄すべき秘密警察の悪事を隠蔽しようとしています。

1930年代、才能豊かなウクライナの作家や詩人が秘密警察に逮捕され、ソロヴキ強制収容所に送られ、処刑されました。犠牲者は300人。
「処刑されたルネサンス」として知られる芸術家への残虐行為です。

ソビエト時代、ウクライナ語への差別も露骨でした。歴史家トニー・ジャッドはブレジネフ時代(1966-1982)の弾圧を、こう書いています。

「当局はロシア語を奨励し、ウクライナ語の使用を妨害した。当局は、ウクライナ人にウクライナ語に対する劣等感をうえつけようとたくらんだ。ウクライナ語を使う知識人は当局から反体制派と疑われた」

「その結果、1958年から80年までにウクライナ語で出版された本は激減、60%から24%に落ち込んだ」ロシア人はウクライナで優遇され、「割のいいポストにありついた」

*トニー・ジャッド「戦後ヨーロッパ史」より

すでにロシア帝国のころから、ロシアの権力者は、ウクライナ語や、ウクライナの文化を強制的に根絶やしにする政策をとってきました。
ソビエトもプーチンもその政策を継承し、ウクライナのことば、文化、芸術を敵視し、迫害します。
文化が権力への「抵抗の武器」となることをおそれているのです。

日本なら「人間国宝」にあたるウクライナ伝統音楽の担い手が、大量虐殺されました。スターリン時代のことです。
プーチンはこうしたウクライナ文化の殺戮を復活させています。

ただし、それでも、ウクライナ文化の伝統はほろびませんでした。
世界に離散したウクライナ人が、世代を超えて、大切に継承したのです。
ソ連崩壊後には、独立を果たしたウクライナとウクライナ移民との交流がすすみ、ソビエトが根絶やしにした伝統文化がよみがえろうとしています。

街角にウクライナの「コブザール(吟遊詩人)」が帰ってきました。
バンドゥーラの名手ジャロスラフが路上で歌う映像をご紹介します。
曲は17世紀に成立したとされる「アダムとイブの歌」。
世界のはじまりを告げる物語を、美しい歌声にのせて語ります。

■バンドゥーラの伴奏による「アダムとイブの歌」


禁じられた歌

ウクライナにおけるロシア占領地域では、ロシアによって禁じられている歌もあります。
その筆頭は、ウクライナ人の愛唱する「Red Viburnum in the Medow(草原の赤いガマズミ)」でしょう。

クリミアでは、結婚式でこの歌を歌ったウクライナ人が投獄されました。いまも、この歌が広がらないよう、ロシアの秘密警察が、監視をつづけています。

この歌は、1917年から21年まで短い独立をはたした「ウクライナ国民共和国」の戦士に捧げられた歌で、ウクライナの自由と独立を象徴しています。

ソビエト時代、72年の長きにわたり、この歌を歌うことは禁じられました。
もし歌っているのが見つかれば、拷問され、投獄され、収容所に送られます。
しかし、それでもウクライナ人のあいだではひそかに歌い継がれてきました。

いま、ロシアの侵略で世界に離散した難民1000万人は、異国で暮らす困難に押しつぶされそうになりながら、この歌を歌うことで、心を奮い立たせています。

このコラムでも一度ご紹介したことがありますが、リトアニアに逃れたウクライナ難民の女性が歌う魂の歌をぜひお聴きください。

⦿歌詞の大意

草原に咲く赤いガマズミがうなだれている
栄光のウクライナの苦悩するすがたのようだ
よし われらはガマズミを引き受け 育てよう
さあ たちあがれ! 元気をだそう! 赤いガマズミをかかげて
栄光のウクライナに歓喜を!

■Red Viburnum in the Meadow(草原の赤いガマズミ)

ウクライナ支援に全力を尽くすリトアニアは、ウクライナとおなじように、ソビエトの圧政のもとで、苦しみました。秘密警察の恐怖におびえ、差別され、虐殺され、強制移送された暗黒の歴史をウクライナと共有しています。

バルト三国やポーランドのウクライナ支援がゆるがないのは、おなじ経験と記憶をもち、ウクライナの悲しみと憤りを、わがこととして感じるからです。

この歌は、いまSNSを通じて、世界中にひろがっています。

きっかけは3月。ウクライナの人気シンガー、アンドリーイ・クリブニュークが軍に志願したとき、首都キーウの路上でこの歌をアカペラで歌い、インスタグラムに投稿しました。

アンドリーイの歌に心をゆさぶられたロック界のレジェンド「ピンクフロイド」が、急遽、クリブニュークの録音をもとにリミックス版をつくりました。

それが「Hey Hey Rise Up」のタイトルで世界に公開され、いまはウクライナのレジスタンスを支援する歌として、世界中で歌われています。
ロシアが禁止しても、この歌への共感を世界から奪うことはできません。

■ピンク・フロイド「Hey Hey Rise Up」(feat.Andriy Khlyvnyuk of Boombox)

ちなみに志願兵となったクリブニュークは、戦場で負傷しましたが、いまは回復し、海外ツアーを再開して、この歌を力強く歌い続けています。


よみがえる死者の声

ことし11月30日、ドイツ連邦議会は、1930年代にスターリンがひきおこしたウクライナのホロドモールを「ジェノサイド」と認定しました。
ホロドモールは「飢餓殺人」という意味。スターリンがひきおこした人為的な飢餓による大量殺戮をさしています。

ドイツの政治家は口々に、こう発言しています。

「ホロドモールは、はウクライナのアイデンティティ、文化、言語を奪う企み」
「ロシアの民間人攻撃と、ホロドモールの類似を見逃すわけにはいかない」
「ロシアによる侵略は、ホロドモールの歴史を受けついでいる」

さらに12月15日、EU欧州議会も、ホロドモールを「ジェノサイド」と認定する決議案を賛成多数で採択しました。

毎年11月、ホロドモールの犠牲者を追悼する集会が世界中で行われる。
東京でも11月21日、追悼式がおこなわれ、ウクライナの難民や支援者が集まった。オルバン教会(東京) NHK佐野ディレクター撮影

1932年11月、スターリンはウクライナに秘密警察を派遣、ウクライナの農民からすべての穀物と家畜、作物の種子を押収。農民の逃亡を禁じたため、およそ400万人が餓死しました。極限の苦しみのなか、人肉食が横行しました。

スターリンは、ホロドモールの実態を隠蔽する一方、搾取した作物を輸出して
莫大な利益をあげ、共産主義の見せかけの優位を宣伝しました。

事実の隠蔽。偽情報のばらまき。真実の告発者への脅迫と弾圧。
KGBの工作員であったプーチンは、スターリンの手法をうけついでいます。

ホロドモールの実態がようやく表に出てきたのは、ソ連が崩壊してからです。
もし、もっとはやく実態があきらかにされていれば、ナチスのホロコーストに匹敵する大量虐殺として、20世紀の負の歴史にきざまれていたでしょう。

最近、あかるみに出てきたホロドモールの実態をもとに、見ごたえのある映画がいくつもつくられています。「赤い闇 スターリンの冷たい大地」もそのひとつ。予告編を見るだけで、戦慄が走ります。

■映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』予告編

ことし10月、ホロドモールをめぐるグラフィック・ノヴェルも出版されました。

「ウクライナ・ノート」花伝社2022

*ロシアは飢餓による大量死の事実を認めていますが、ジェノサイドは否定しています。


レクイエム

ホロドモールの犠牲者を追悼する会で、しばしば演奏される名曲があります。
「メロディ」。お聴きになればわかりますが、心にしみる美しい曲です。
悲しみの記憶をすこしでもやわらげるには、この曲が必要かもしれません。

リトアニアでおこなわれたウクライナ支援のチャリティで、素晴らしい演奏が披露されました。演奏が終わった瞬間、指揮者も歌手も観客も感極まり、懸命に涙をこらえています。ひとの心をゆさぶる音楽の力に圧倒される一瞬です。

■「メロディ」ミロスラフ・スコリク作曲

「メロディ」の作曲者は、ウクライナ音楽界の巨匠、ミロスラフ・スコリク。
1938年、リヴィウに生まれました。「政治犯」の烙印をおされた両親がシベリアに追放されたため、スコリクはシベリアで育ちました。

「政治犯」の多くは、ソビエトの圧政に抵抗したウクライナの知識人や芸術家でした。スコリクは数多くの「政治犯」から教えをうけました。
音楽の教師もいて、スコリクの才能を見抜き、音楽の道へみちびきます。

その後、奇跡的に故郷ウクライナへ生還することができたスコリクは、めざましい才能を発揮、ウクライナ音楽界の第一人者になりました。

今年3月、ゼレンスキー大統領がオンラインでアメリカ議会での演説をおこなったとき、ウクライナの映像ともに、スコリクの「メロディ」が流れました。

ゼレンスキーのことば、侵略の現実、そしてスコリクの音楽が一体となって、ウクライナのメッセージは、強い印象を残しました。


ウクライナは死なず

2月にはじまったロシアの侵攻から、まもなく1年が経とうとしています。

ウクライナ人にとって、侵略者へのレジスタンスは、2014年、ロシアのクリミア侵攻とともにはじまっています。ロシアにたちむかう強力なレジスタンスの意志を培ったのは、2013年のマイダン革命でした。
「マイダン革命=尊厳の革命」こそは、ウクライナのレジスタンスの原点です。

マイダン革命(2014年)

ウクライナを代表する世界的な作曲家シルヴェストロフはマイダン革命に共鳴し、犠牲者への鎮魂のため、記念碑的な合唱曲「マイダン2014」を捧げました。

■シルヴェストロフ「マイダン2014」より「悲歌」

マイダン革命に始まったウクライナのレジスタンスは、来年9年目を迎えます。
ロシア帝国の農奴制に苦しめられてきた頃から数えれば、百年を超えます。

数世紀にわたりロシアは、ウクライナ文化を抹殺する企てをくりかえしました。

しかし、ウクライナの人々から言葉を奪うことも、音楽を根絶やしにすることも、文化を破壊することも、できませんでした。

これからも決してできないでしょう。

(終)

写真協力:公益財団法人 日本ユニセフ協会
ユニセフは、ウクライナと周辺国の国境付近に子どもたちと家族への支援拠点を設置するなど、ウクライナ国内外で人道支援を届けています。

京都大学文学部卒業、1981年にNHKに入局。特集番組の制作に従事。NHK特集「山口組」、ハイビジョン特集「笑う沖縄・百年の物語」、BS特集「革命のサウンドトラック エジプト・闘う若者たちの歌」、最近作にNHKスペシャル「新・映像の世紀」「戦後ゼロ年東京ブラックホール」「東京ブラックホールII破壊と創造の1964年」などがある。ユネスコ賞、バンフ国際映像祭グランプリ、ワールド・メディア・フェスティバル2019インターメディア・グローブ金賞など受賞多数。現在はフリーランスの映像ディレクター・著作家として活動。著書に『戦後ゼロ年東京ブラックホール』『1964東京ブラックホール』がある。2023年3月放送の「ETV特集・ソフィア 百年の記憶」では、ウクライナ百年の歴史リサーチ、映像演出を担当。