現在、日本橋髙島屋(東京)で開催中の「たくさんの愛を、ありがとう 
追悼 瀬戸内寂聴展」。去年11月に99歳で亡くなった寂聴師の著作や名言の数々、華やかな交友録などを紹介し、その生涯を振り返られる展覧会となっている。
本展の監修を務めるのが、徳島県立文学書道館の学芸員・竹内紀子さん。
「寂聴塾」の1期生でもあった竹内さんに、寂聴師との交流の思い出や
展覧会の見どころを聞きました。


展覧会の様子を紹介した記事はこちら↓
瀬戸内寂聴の特別展が開催中!南果歩が“99歳のアイドル”を語る | ステラnet (steranet.jp)


――寂聴さんが亡くなられて約9か月がたち、今回の展覧会が開催されることになりました。今のお気持ちをお聞かせください。

とてもうれしいですね。今回の展覧会は、寂聴先生の文学的な業績が中心となっています。先生は作家としてもすばらしい功績を残しましたが、どうしてもあの法衣姿のイメージのほうが強いので、作家であることを知らない方も多いのではないでしょうか。まさに、この展覧会は作家としての業績を多くの方に知ってもらうスタートだと私は思っています。そして、これをきっかけに、寂聴先生のことを知らない方にも、何か一冊先生の本を読んでいただき、瀬戸内寂聴という人間の本質や魅力を知っていただきたいですね。
展覧会場を入ってすぐのところに展示された寂聴師の著作の数々。


――竹内さんが寂聴さんと出会ったきっかけは何だったのでしょうか。

1981年に、新聞社が主催する「寂聴塾」というのが、寂聴先生の故郷である徳島で開催されました。月に1回、文学や人生、社会問題など、そのときに先生が語りたいことを語るというもので、私も応募させていただきました。もともと私は寂聴先生のファンで、小説も愛読していたので、大好きな作家に会えるチャンスだと思いました。実際にお会いできたときは、本当にうれしかったですね。とても上品なオーラがあって、塾生に熱っぽく語りかけてくださいました。

よく覚えているのは、毎回、寂聴先生から出される宿題。例えば、「風」や「音」といったお題が出されて、小説を書いてくるという宿題がありまして。自分で書き終えたら、先生が暮らす京都の「寂庵」に郵送するんです。そうすると、次の寂聴塾のときまでに、先生が読んで、いろいろ感想を書いてくださる。実際の講義では、私は発言するほうではなかったので、そういった宿題のやり取りを通して、「この子はどんな子」というのをわかっていただいたような気がします。
 

――寂聴さんと出会われた当時、竹内さんは中学校の先生をされていて、その後、徳島県立文学書道館の学芸員になられたということですが……。

2002年に徳島県立文学書道館が開館するということで、最初は県内の教員が出向で文学書道館に派遣される形になっていました。そのオープン時に「瀬戸内寂聴展」を開催することが決まっていまして、寂聴先生が「寂聴塾の塾生で私のことをよく知っている子が、徳島で教員をしているから」と、きっと私のことを推薦してくれたんだと思います。私もずっと希望を出していました。

それまでに学芸員の資格も取り、寂聴先生ともさまざまな交流を続けていました。文学書道館では、「青少年のための寂聴文学教室」という講座を開きまして、かつての寂聴塾のように月に1回、先生に京都からお越しいただいて、1年間授業を行いました。青少年ということで中学生から社会人までの25歳以下の方が40人ほど。寂聴塾と同じように、生徒さんたちが書いた作文を読んで、1つ1つ丁寧に感想を伝えるということをされていました。徳島は本が売れない県だというデータもあり、先生にはもっと文化を高めていきたいという気持ちがあったのだと思います。そのときは2003年でしたので、先生は81歳。とても多忙で、松山から徳島に立ち寄って授業を行い、翌日は大阪で講演などというスケジュールは常で、とにかく先生はパワフルに活動されていましたね。若い人との交流もパワーになっていたと思います。
 

――寂聴さんとの長年の交流を通して、竹内さんご自身が感じた寂聴さんの魅力はどんなところでしょうか。

寂聴先生の作品が好きだったのですが、実際に出会って以来、先生の考え方や生き方にも圧倒されました。それからずっと先生についてきましたが、何事にも全身全霊で取り組む姿はすごいなと思います。人とのつきあいも、平和を守ることにも、誠実に向き合い、労をいとわず、自ら行動する人でした。

作家仲間との手紙の交流においても、誰に対しても心を込めて、相手が喜ぶようなことを書かれているんですよ。今回の展覧会でも、川端康成さんや三島由紀夫さんら交友のあった方たちとの手紙が展示されています。三島さんとは20代のころから文通をされていて、先生は「もっといっぱい手紙が残っていたんだけど、なくなっちゃった」と言っていましたけどね(笑)。三島さんも寂聴先生との文通がとても楽しくて、先生が書く手紙をよく褒めていたそうです。
交友のあった川端康成、三島由紀夫、司馬遼太郎から送られた貴重な手紙が展示されている。


――これから寂聴さんの思いをどのように伝え、継承していきたいですか。

寂聴先生が残した作品を伝えていくのとともに、先生の生き方そのものを伝えられればと思っています。ジャンルの異なる、非常に多くの作品を発表し、同時に何本もの連載を持ち、常に自分の可能性を追求しておられた。書くことが生きることそのものでしたね。そして、たくさんの人に出会い、たくさんの講演もされた。天災などがあると、すぐに義援金を持って駆けつけ、被災された方を励ましておられました。
 

――今回の展覧会は、寂聴さんの人生を振り返る内容となっています。「これはぜひご覧いただきたい」という展示がありましたら、教えてください。

全部が見どころですけど、会場の最後に展示されている「絶筆の原稿」はぜひ見ていただきたいです。亡くなる1か月前に書かれた原稿です。これまでの原稿と比べても字が弱く、最初は展示しないほうがいいかなとも思ったのですが……。でも、最後まで書き続けようとした先生の思いが詰まった原稿ですから、展示させていただきました。これを書かれたときは、一旦退院されて「締め切りが迫っているから」と筆を持たれて。ただ、書いた直後にまた入院されて、そのあと寂庵に帰ってくることはかないませんでした。ずっと書き続ける意思を持たれていたので、先生自身の頭はさえていたようです。「ボケたらどうしよう、ボケたら言ってね」とよく言っていましたが、最期までそんなことはありませんでしたね。

ぜひ来場者の方たちには、書くことに命をかけた寂聴先生を知っていただきたいです。そして、寂聴先生の自由と平和を求めた生き方を通して、先生の“愛”を感じていただけたらと思います。

竹内紀子(たけうち・のりこ)
徳島県出身。徳島県立文学書道館学芸員。1981年に開かれた「寂聴塾」の1期生。以来、寂聴師と長年親交を深めてきた。

たくさんの愛を、ありがとう 追悼 瀬戸内寂聴展 (takashimaya.co.jp)
【会期】開催中~2022年8月22日(月)
【会場】日本橋髙島屋S.C. 本館8階ホール
【入場時間】午前10:30~午後7:00(午後7:30閉場)※最終日は午後5:30まで(午後6:00閉場)
【入場料】一般1,000円、大学・高校生800円、中学生以下無料 ※税込み価格

今後の巡回予定
2022年  9月14日(水)~26日(月)大阪髙島屋 7階グランドホール
2022年10月12日(水)~31日(月)京都髙島屋 7階グランドホール