源義経と言えば思い出される名場面は? 京の五条大橋での弁慶との戦い、(ひよどり)(ごえ)(さか)()とし、壇ノ浦での(はっ)(そう)飛び、()宅関(たかのせき)のスリリングな突破、(ころも)(がわ)での自刃……。

義経が華々しく活躍したのは、わずか2年弱です。義経の行動を記す確実な資料は、貴族たちが残した日記などです。京を本拠とする人々が書いたものですから、興味・関心も、情報収集範囲も限られます。

次いで、精度には劣るものの、『吾妻鏡』や『平家物語』があります。これらには、奥州・鎌倉・京、そして壇ノ浦まで、幅広く義経の行動が残されています。ただ、どこまでが事実か、と問われれば、怪しい部分もあります。それでも、私たちの知る有名な場面のすべてが網羅されているわけではありません。

そして、『けい』があげられます。その名のとおり、義経の一代記です。義経の死後200年以上後の、室町時代の成立です。既にいくつも生まれていた伝説や伝承を、義経の生涯に沿って並べたものです。

ですから、時に現実とは思えない展開があります。前後で矛盾することも多々あります。が、細かなことは気にせず、おおらかに作られた作品です。

(くら)()での幼少期、鞍馬を出奔して平泉にたどりつくまでの波瀾万丈の道のり、多くの従者との出会いなどが生き生きと描かれます。しかし、義経がいちばん輝く平家との合戦場面は『平家物語』に譲り、ほんのわずかしか描かれません。

そして、再び京から平泉への苦難の逃避行と、平泉での死。ただ、『義経記』には“五条大橋”も“安宅関”も書かれていません。ドラマや小説などで親しんできた義経の英雄的な冒険・活躍や悲劇的な事件の数々は、『義経記』や()(とぎ)(ぞう)()、能や、江戸時代の文楽・歌舞伎など、さまざまな作品から生まれたものなのです。

弁慶も大活躍します。母の胎内に長くいたので、誕生したときには髪も歯も生えそろっていたとか。始めから異様な雰囲気が漂います。

修行時代も大暴れし、義経と歩む後半生では、()()(しゃ)的な様相もうかがわれます。義経よりもさらに伝説的な、物語世界の人物ともいえます。他の従者もそれぞれの人生が語られ、皆、主人をいちずに思い、尽くします。

義経は時に短気で残酷で、したたかです。菅田将暉さんの演じる義経はぴったりですね(失礼!)。しかし、義経と従者、というより、義経と仲間たちの物語は、義経の短所を忘れさせ、義経の幸薄く短い人生を温かく包みこみます。そうそう、義経の容貌も、女性とも見まがうばかりの美しさとなります。

静御前も、義経に寄り添うだけのか弱い女性ではありません。京ではよりともからの刺客を迎え撃つ義経を助け励まし、(かっ)(ちゅう)を差し出します。吉野で別れた後の話も盛りだくさんです。捕まって京から鎌倉に送られてからの日々に、私たちは涙します。鶴岡八幡宮での舞は『吾妻鏡』にも載っています。

義経を慕ういろいろな人々の物語が義経の人生を彩ります。生み出される新たな伝説には、海を越える話もあります。義経はさまざまな芸能や文学に愛され、再生産され続けていったのです。

静岡県生まれ。お茶の水女子大学大学院博士課程人間文化研究科比較文化学専攻満期退学。博士(人文科学)。現在、駒澤大学文学部教授。『平家物語』などの軍記物語を中心とした中世日本文学の研究を専門としている。著書に『『平家物語』本文考』、『平家物語の形成と受容』、『90分でわかる平家物語』、『平家物語大事典』(共編)、他にCD集「聞いて味わう『平家
物語』の世界」などがある。NHKでは、ラジオ〈古典講読〉「平家物語、その魅力的な人物に迫る」に出演。