いつの時代でも子育ては大変です。特に核家族化が進んだ現代では「ワンオペ」などと言われて、孤軍奮闘する母親が多いですね。父親も子育てをするようになり、「イクメン」などと取り立てる必要もなくなってきたような。父母中心の育児では、親子の密着度も深まります。

しかし、その尺度で平安・鎌倉時代を測ることはできません。昔も今も、親が子に注ぐ愛情の深さに変わりはありませんが、育児はかなり異なっていました。

子どもを育てるのは母親ではなく、「乳母」です。「うば」ではなく、「めのと」と読みます。本来は字のとおり、乳を与える役の女性です。母親の乳の出方にかかわらず、乳母がついて、乳母が子どもを育てます。さらに、乳を与えるのではなく、養育係、教育係としての乳母も一人ならずつきます。ですから、離乳の後も若君の傍らに仕えていきます。

そして、「乳母夫」、これも「めのと」と読みます。乳母の夫です。乳母と共に若君の養育に関わり、生活や財政的な援助をすることもあります。乳母に選ばれた女性一人が幼い主君と関わるのではなく、乳母夫婦や一族が主君を支援していくのです。

乳母めのと​子」は、もうおわかりですね。乳母の子どもですから、年齢も若君とそれほど離れてはいません。乳母の周りで、兄弟のように若君と共に成長していくので、時には血を分けた兄弟よりも深い絆で結ばれます。最も有名な乳母子は、木曾義仲と最期まで共にいた今井兼平でしょう。

乳母は歴史資料や文学作品にたびたび登場し、実母以上の愛を注ぎますが、乳母夫はあまり表舞台に出てきません。でも、主君の傍らにいて忠節を尽くし、困っている主人公を援助する、血縁でも親戚でもない人物がいたら、乳母夫かもしれません。

さて、よりともには何人かの乳母がいたようです。
まのあま。頼朝誕生のときから乳付けをした女性で、土肥実平の一族です。

さむかわのあま。頼朝の9歳上ですから養育係ですね。兄弟には宇都宮ともつなはっともいえがいます。

山内尼。石橋山の合戦で、平家方で戦った息子の山内どうつねとししゃめんを願い出て、許してもらいました。乳母の発言力は大きいのです。

三善康信の叔母。康信は叔母の縁で、定期的に頼朝に京の情勢を送り、そのおかげで、頼朝は身に迫る危険を知ることができました。

そしてきのあま。草笛光子さんですね。流人時代の頼朝を献身的に支え続けました。要所要所を押さえる役柄も納得できます。頼朝を支える安達盛長、かわごえしげより、伊東すけきよは娘婿です。

乳母だけでなく、夫、子どもや一族の人々が、頼朝の配流以前から、ずっと頼朝の成長を見守り、配流生活を陰から支えてきたのです。

頼朝が挙兵したことを知って集まってきた、初対面に近い腹違いの弟たちよりも、流人時代の苦労を支えてきてくれた人たちにこそ、私たちが思う“家族”のぬくもりや愛情や連帯を、頼朝は感じていたのかもしれませんね。やがて、こうした人々が幕府の重鎮となり、“13人”の中に選ばれていきます。

(NHKウイークリーステラ 2022年4月1日号より)

静岡県生まれ。お茶の水女子大学大学院博士課程人間文化研究科比較文化学専攻満期退学。博士(人文科学)。現在、駒澤大学文学部教授。『平家物語』などの軍記物語を中心とした中世日本文学の研究を専門としている。著書に『『平家物語』本文考』、『平家物語の形成と受容』、『90分でわかる平家物語』、『平家物語大事典』(共編)、他にCD集「聞いて味わう『平家
物語』の世界」などがある。NHKでは、ラジオ〈古典講読〉「平家物語、その魅力的な人物に迫る」に出演。