大河ドラマ「どうする家康」の音楽を務めるのは、ピアニスト・作曲家の稲本響。かねてから“目指すもの”であった大河ドラマの音楽を手がけることになった
稲本に、本作への思いや作曲するうえで心がけている点を聞いた。

――「どうする家康」の音楽のオファーを受けたときの率直なお気持ちを教えてください。
最初にNHKの方と打ち合わせをさせていただいた際、「『どうする家康』の音楽は、これまでの大河ドラマのイメージとは違うものにしたい」と聞いて、作曲家としての職人のスイッチが入りましたね。
作曲家の端くれとして、大河ドラマの音楽というのは「目指すもの」でした。しかし、今回に限っては大河ドラマのイメージを覆す曲にしなければならない――。
かといって、気を衒ったり、ただ明るい、元気なという軽薄なものではなく、「今までの大河ドラマの積み重ねがあるからこそ、この曲があるんだ」と感じてもらえるような音楽を作りたいなと。責任の重さはもちろんですが、新しい挑戦ができていることに幸せを感じています。
――大河ドラマの音楽を手がけるうえで、意識されていることはありますか。
実は、僕の祖父が昔から大河ドラマが大好きで。もう亡くなってしまったんですけど、子どもの頃、一緒に大河ドラマ「太平記」を見ていたとき、いきなり「響、おまえはこういうドラマの作曲をするんだ。そういう音楽家になれ!」と言ってきたんです。
当時、僕はピアニストとしての活動をイメージしていたので、「作曲家ではなく、ピアニストだからね」と思ったのを覚えています。
結果的に僕は作曲もすることになりましたが、今思うと、大河ドラマの音楽をやらせていただくことを祖父は予測していたのかなと(笑)。だから、音楽を務めることが決まったときは、祖父の仏壇に線香をあげにいきました。
――今作の音楽では、どのようなことを表現したいと思っていますか。
1曲1曲作り上げるごとに、大河ドラマの重責を実感しています。大河ドラマの放送は、約1年ありますので、レコーディングも長期間に渡ります。音楽が視聴者の皆さんの心にどれほど浸透しているのかという反応を感じながら、それを受けて次の作曲に入れる喜びはとても大きいです。
作曲家の大事な役目の1つは、言葉で白黒つけられないことを音楽で担うことだと思っています。「どうする家康」では、3つ大事にしていることがあります。
1つは、「応援曲でありたい」――。実際に台本を読んだり、スタッフの皆さんと打ち合わせをしたりする中で感じたことは、コロナ禍において、世界中の人々が何かしらの変化を求められている中で、新しい扉を開く応援曲のような存在になれたらいいなということでした。
2つ目は、「100%ネガティブな曲を書かない」――。ドラマの音楽ですので、当然楽しい曲や悲しい曲、つらい曲、幸せな曲などいろいろあります。でも例えば、苦悩している曲でも、必ず幸せのモチーフを入れておきたいなと。「苦しいことがあっても、必ず夜は明けるんだ」という願いを込めて、一曲ずつ書いています。
そして3つ目は、“手拍子”を随所に入れていることです。主人公の徳川家康は、戦乱の世に終止符を打ち、人々が手に手を携えて生きていける時代を作った人です。音楽に手拍子を入れることで、その手拍子とともに家康が前へ進み、みんなを引っ張っていく姿を表現したいなと思いました。
タイトルバックの曲である「暁の空」は、民意の象徴として手拍子が音楽の一部となる家康のメインテーマにしています。さきほど、「ネガティブな曲は書かない」と言いましたが、「必ず明けない夜はない。みんなで暁の空を見上げていこう」というメッセージが詰まった楽曲です。
また、この「暁の空」には、本編の曲がメドレーのようにいろいろ散りばめられています。オペラやミュージカルの序曲のように「あっ、このメロディーはあそこで使われている曲だ」などと、ぜひ耳を傾けていただければと思います。
――主演の松本潤さんをイメージして作った曲はありますか。
もちろんあります。初めて撮影現場におじゃましたときに、松本さんといろいろなお話をさせていただきました。ご自身の仕事の向き合い方など、とてもストイックで責任感の強い方だなと思いましたね。「どうする家康」の中で自分のなすべきことは何かをお話されている姿は、家康公そのもののような気迫を感じました。
ドラマの中で、家康の黄金の甲冑がたびたび登場しますが、今回「黄金の君」というタイトルの曲を作りました。まさに松本さん演じる家康と、黄金の甲冑をイメージしながら作った1曲です。
――視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。
脚本家の古沢良太さん、出演者の皆さん、スタッフの皆さんと一緒に一年以上かけて、作品づくりができることは本当に幸せです。僕自身も、それぞれの方たちがどのように作品と向き合い、どんな準備をされているのかを間近で見ることができますし、それを受けて僕も曲を作ることができます。
そして、それを皆さんが聴いてくれる――。そういうキャッチボールができることが、大河ドラマの醍醐味だと感じています。
今回作る音楽は、「どうする家康」に携わる人々、そして視聴者の皆さん、「みんなの応援曲でありたい」という思いがいちばんに込められています。毎週日曜日、メインテーマ「暁の空」からお聴きいただき、ドラマを見て、「よし! 月曜日から頑張るぞ!」という気持ちになっていただけたらうれしいですね。
ぜひ、手拍子が聴こえたら一緒に手をたたいて、楽しんで音楽を聴いていただければと思います。
稲本 響(いなもと・ひびき)
1977年大阪府・堺市出身。ピアニスト・作曲家として活躍し、数々の映画やドラマなどの音楽を担当。その作品は国内外において数々の賞を獲得している。NHKでは、「眩~北斎の娘」、「ストレンジャー~上海の芥川龍之介」、「ノースライト」などの音楽を手がける。