植物学者・槙野万太郎(神木隆之介)と、その妻・寿恵子(浜辺美波)の波乱万丈な生涯を描く、連続テレビ小説「らんまん」。今回、脚本を担当した長田育恵に、脚本を書き終えての心境や印象に残るシーン、最終週に込めた思いなどについて話を聞いた。


――脚本を書き終えられての率直なお気持ちをお聞かせください。
本当にホッとしています。無事にやり遂げられて良かったというのが、いちばんの思いです。“朝ドラ”を執筆する重圧はありました。私は、電車などの自分の意思で出ることができない場所にいると、パニック症の症状が出るのですが、“朝ドラ”の話をいただいて家に帰るとこのパニック症の症状が出てしまって。“朝ドラ”の脚本執筆が始まったら、終わるまで出ることができない「密室空間」に閉じ込められてしまうように感じたんです。

ただ執筆を進めていくと、自分には向いている仕事だと考えるようになりました。もちろん年間を通して締め切りがあること、放送が始まると視聴者の方の反応が聞こえてくるなど、物理的なプレッシャーはありました。けれどそれ以上に、「らんまん」の物語、登場人物の動きを考えるのが楽しくて。丁寧に物語を紡ぐ時間をいただけることは、とても幸せなこと。本当に貴重な機会をいただきました。

――視聴者からのたくさんの応援の声を、長田さんはどのように受け止めていましたか。
8月中旬まで執筆を続けていたので、視聴者の方の反応をうれしく思うと同時に、ますます頑張らないといけないという思いも新たにしていました(笑)。ネットの意見に対する恐怖心は正直ありましたが、脚本に込めた思いをくみ取ってくださったり、小道具など細かいところにまで注目してくださったりなど、熱量を持って「らんまん」を視聴してくださる方が多く、とても感動しています。

私は、「明日、また続きを読めることができる」というワクワクした思いから、物語を好きになりました。ですので、「明日も『らんまん』を見るのが楽しみです」という声をいただいたことが、本当にうれしくて。「らんまん」の物語を受け取ってくださってありがとうございます。

――「らんまん」という作品を通して描きたかったことをお教えください。
牧野富太郎の偉人伝を描くのではなく、草花を一生涯愛した主人公を「広場」に見立て、彼のもとに集まる人々やその関係性を深く掘り下げ、皆の人生が咲き誇るさまを描きたかったので、牧野富太郎とはまったく違う人物として、万太郎をつくりあげています。

万太郎は、らんまんさと孤独をあわせもつキャラクターです。日本の植物図鑑を完成させるといういばらの道を進むことを決断した以上、弱音を吐くことが許されない孤高な人物。だからこそ、人とつながることのいとおしさを誰よりも痛感しています。

そんな難役を、神木さんはしっかり体現されていて、本当にすてきな俳優さんだと改めて実感しています。セリフがないシーンの演技もすばらしいんです。田邊教授と決裂した後の万太郎の表情を見たときには、彼は唯一無二の俳優さんだと感じ入りました。

寿恵子は、大変な道を歩む万太郎を、太陽のように導くりりしい“ヒーロー”です。母は元柳橋の有名芸者で、武家の生まれと、もともとスケールの大きい女性ではありますが、常に明るく生きています。

「らんまん」は、すべての植物がそれぞれありのまま咲き誇るように、自分が選んだ人生に胸を張って生きていく人たちの物語。ですので、寿恵子に少しでも「自分は誰かに損なわれているのではないか」という空気感があると、物語としてまったくみられなくなってしまいますが、浜辺さんが勇敢な寿恵子を見事に演じられているので、悲壮感はまったく感じません。寿恵子を演じるうえでこれ以上ない俳優さんです。

――特に、印象深いシーンや愛着のあるキャラクターはいますか。
どの人物、どのシーンにも愛着があって、本当に全部好きなので、難しいですね…。台本から映像へと作り上げる過程のなかで、演者・スタッフの皆さんから、たくさんの愛情をいただいている作品だと感じています。

そのなかでも、台本で「(ズギャン)!」としていたところを、神木さんがそのままセリフとして発したことには驚きましたね。神木さんのおかげで、とてもチャーミングな場面になりましたし、その後の放送回で、竹雄も「ズギャン!」と言っていて(笑)。演者・スタッフの皆さんが、工夫を凝らして、アウトプットしてくださっているのがうれしいです。

アドリブで感動したシーンがもう一つあります。それは、寿恵子が、舞踏練習会の発足式でダンスを披露するための練習の一環で、筋トレに挑戦しようとする場面。浜辺さんがアドリブで「寿恵子、トライ!」とおっしゃって。寿恵子は、最後の最後までトライの連続なんです。「らんまん」での寿恵子のテーマを、浜辺さんがみずから発してくださったことに感激しました。

――完成映像や視聴者の反応で、当初の構想から変化した展開はありますか。
視聴者の反応を受けて再登場するのが、早川逸馬です。どこかで再登場させられたら、とはもともと考えていたのですが、「逸馬さんの安否を知りたい」という声を視聴者の方から多くいただいて、しっかり登場させたいと思いました。

また、完成映像を見てから、キャラクターの肉付けを深めることが多くあります。例えば、藤丸の初登場シーンは、私が想像していた以上に、藤丸とウサギの距離感が近くて驚きましたが(笑)、密にウサギとコミュケーションをとる藤丸の様子から、彼の繊細さと優しさが浮かびあがってきまして。その後、つわりのひどい寿恵子に、藤丸が揚げ芋を作るシーンがありましたが、これは初登場シーンの映像を見てから書いたものです。藤丸だったらこういう行動をとるだろうなというのが、映像を見ることでより鮮明になってきたんです。そういった肉付けが、全てのキャラクターにおいて発生しています。

――週タイトルはすべて植物の名前となっていますが、それぞれどのような思いを込められていますか。
放送が終わって作品を振り返ったとき、「植物図鑑」のようになっていたらと考えていたので、週タイトルを植物の名前にすることは、最初から決めていました。植物の取り上げ方は、パターンがいくつかあります。ひとつは、登場人物と強く結びつきのある植物です。例えば、第1週の「バイカオウレン」は万太郎の母・ヒサがいちばん好きな植物で、第5週の「キツネノカミソリ」は、万太郎が「逸馬さんのようじゃ」とつぶやいたように、逸馬を思い起こさせる鮮やかな植物と、万太郎とキーパーソンをつなぐ植物をタイトルに採用しています。

また、第17週の「ムジナモ」や第20週の「キレンゲショウマ」など、日本植物学の業績の中で外せない植物をタイトルにしているものもあります。ただここでは業績が物語のメインにならないように、人間関係をしっかり描き切ることを大切にしています。
そのほか、「この文脈で登場させるのにふさわしい植物は何か」を植物考証チームに相談して、生まれたものもあります。例えば、第18週「ヒメスミレ」では、「万太郎が暮らす長屋にも生息していて、小さな子どもの目線で咲く植物」を出したいと思い、植物考証チームに相談して最終的にヒメスミレを選択しました。

――最終週についての見どころ、そして視聴者へのメッセージをお願いします。
最終週は、最初から決めていたしかけがあります。そのしかけがある以上、万太郎は何歳でもかまわないので(笑)、どこまで万太郎を描くかは最初からあえて深く決め込まないで物語を書いていきました。最終週は「継承」が大きなキーワードとなっています。

現在、牧野富太郎さんが所蔵していた約40万点以上の植物標本は、各国との標本交換に使用されたり、植物分類学の源として機能していたりと、さまざまな活用がされています。万太郎が図鑑作りに励み続けるのも、次の世代の人たちに手渡していくため。ですから、彼が集めた数多くの標本を後世に手渡していかないと意味がありません。植物が種を残し、また次の世代が花を咲かせていくように——。

万太郎の開花の時期は終わりますが、次の世代にどんな種を残していくのか、その姿にも注目していただけたらと思います。「らんまん」の登場人物たちの冒険はもう少し続きます。最後まで見守っていただけたらうれしいです。

 ※神木さんが「ズギャン!」と発したシーンは公式ホームページで公開中!
(第6週ダイジェスト動画の2分ごろから)