「NHKスペシャル」の「中国新世紀」のシリーズをとても楽しみにしている。第4回の「農民工 故郷に帰る〜埋まらぬ都市と農村の格差〜」(2021年12月11日放送)の印象がずっと心に残っている。

番組は、中国の農村部から都会に出て働いていた父と、その息子の人生を描いていた。息子を治療する医療費をかせごうと農民工になった父が、苦労をしながら働く様子や、成長して大学生になった息子が父の仕送りを受けながら勉強するありさまを描いた画面からは、色濃い「人間のドラマ」が伝わってきてくぎづけになった。

中国については、さまざまなニュースが報じられている。かの国で、一人ひとりはどのように生きているのか。

日本とは異なる社会、政治、経済の体制の中で、より幸せになるために、そして周囲の人の助けになるために努力するそのありさまには、深く染み入ってくる「情報量」があった。

「NHKスペシャル」が、NHKの「看板番組」の一つであることには定評がある。視聴者の視点から見れば、「この放送があるから受信料を払いたくなる」という納得感と番組を見るよろこびにあふれたシリーズである。

一つひとつの番組から伝わってくる迫力のようなものの背後にあるのは、NHKの番組制作の姿勢だと思う。

今回の番組でも、北京オリンピックの前年の2007年当時の父親や幼い息子の姿をとらえた映像があって、番組に継続性と厚みを加えていた。長い年月にわたって丹念に取材しないと掘り起こせない意外な事実や被写体の真実があった。

テレビの画面からは、文字では伝わらない情報があふれだす。たとえば、経済的な苦境について話し合うときの夫と妻の会話の様子。妻の表情、夫のしぐさ、都会で学ぶ若者たちが交わす言葉のテンポやニュアンス、空気感のようなものから、今の中国の社会のリアル、そしてそこにある人間の息づかいが伝わってきた。

インターネットを通して伝わってくる情報は、どうしても概念的で、「大きな物語」に寄りがちである。その中で、考え方の違いや価値観のズレがクローズアップされて、困難な問題が生まれることもある。

しかし、一人ひとりの生身の人間は、必ず、そのようなアプローチを超えた身体性といきいきとした心の動きを持っている。

そのような人として生きるうえでの現場の息吹を伝えてくる「NHKスペシャル」「中国新世紀」には、ドキュメンタリーというジャンルを超えた「芸術性」すら感じられた。

もしかしたら、中国に住む方々自身が、NHKという日本の公共放送の中で培われた取材力とバランス感覚によって生まれたこのような番組を通して「感動」や「洞察」を得ることもできるかもしれない。

さらには、世界に対して伝えるべき内容があるかもしれない。そんな国際的な価値をも含めて、忘れがたい放送だった。

(NHKウイークリーステラ 2022年1月21日号より)

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。